オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』

Little Women, 134min

監督:グレタ・ガーウィグ 出演:シアーシャ・ローナンエマ・ワトソン

他:アカデミー賞衣装デザイン賞(ジャクリーヌ・デュラン)

★★★

概要

マーチ家の次女が小説を出版する話。

短評

まるで紛い物のような邦題だが、『若草物語』の9度目の映画化作品である。原作がピューリタニズムをゴリ押していたのに対し、本作ではフェミニズムがそれに取って代わっている。それは別に構わないのだが(そもそもが説教臭い作品なのだし)、「ジョーが完璧に“あのジョー”だ」といった原作既読による感激を除けば、それ程の作品だとは思えなかった。各エピソードをかいつまんだ物語は単独作品としての掘り下げが不足しており、本作の主題たる結末に上手く繋げられていない。『若草物語』の世界の再現性には素晴らしいものがあるが、原作未読ならば、三十郎氏はきっと「なんだこれ?」と思ったに違いない。

あらすじ

長女メグ(エマ・ワトソン)、次女ジョー(シアーシャ・ローナン)、三女ベス(エリザ・スカンレン)、四女エイミー(フローレンス・ピュー) のマーチ家四姉妹。共に過ごした楽しかった日々も終わり、メグは家庭教師ジョンと結婚して貧乏暮らし、ジョーはニューヨークで小説を執筆、猩紅熱に倒れたベスは今なお実家に臥せっており、エイミーはマーチおば(メリル・ストリープ。叔母ではなく伯母だった)とヨーロッパを訪れて絵画を学んでいる。しかし、ベスの体調が思わしくないとの一報を受け、ジョーが実家に帰ってくる。

感想

物語は原作の7年後の世界から始まる。そこに“回想”という形で過去の──つまり原作のエピソードが適宜挿入されていく。回想編は、言わば“楽しかったあの頃”であるため、映像が赤みがかった暖かいグレーディングとなっている。逆に現代編は、言わば“厳しい現実”であるため、青みがかった冷たいものとなっている(出版が決まった後の“作中に描かれた世界”は赤みを取り戻している)。時代の切り替わりによる混乱を生まぬよう映像的に工夫されており、また、シアーシャ・ローナンの見事な表情の使い分けによって、“物語の構造”が演出されている。これで二つの時代を描く上で必要な条件を満たしていたように思うが、問題は“二つの時代を描いて何を表現したかったのか”である。

最終的には「女主人公に結婚させて無理やりハッピーエンドにするのがいかにバカげたことなのか」という結論に帰着する。女の幸せは結婚と家庭だけじゃない、美しさだけでなく知性も魂あるぞ、と。「なるほと、これは確かにバカらしいね」と思わせることには成功していたものの、果たして、その結末に対して『若草物語』の各エピソードが持つ意味とは何なのか。

三十郎氏は事前に原作を読んでいたため、「あっ、このエピソードか」といった楽しみ方ができるものの、その消化は非常に駆け足であり、ジョーの作家という夢やローリーとの関係といった結末を導くために必要不可欠な要素もまた(後者は原作の1作目にもなかったが)、特に掘り下げられることなく通過してしまった。そのギャップを埋めるのかのように“エピソード”ではなく“会話”を盛り込んでいるが、これはどうしても浮いてしまう。観客が皆原作をよく読み込み、オルコット女史の人生についても学んでいることを前提とするのならば、「変更を加えた部分が私の主張です」とも言えようが、これは一つの作品として不完全であるように思われる。

かつて三十郎氏は「原作を捻じ曲げる形で自分の主張を盛り込むのはいかがなものか」と考えていたが、今では気にしないようになった。だって原作は原作として存在しており、映画は映画で別物なのだから。映画を観て「原作もこうなんだ」と思わなければいいだけである。原作の超重要アイテムであった『天路歴程』が一切登場しないことからも、本作がその性質を異にしていることは明らかであり(各エピソードから“訓話”の要素も取り去っている)、それならば単独作品として成立させる必要があったのではないか。メグの窮状と舞踏会のエピソードを重ねて彼女の見栄っ張りな性格の不変を表現するといった細かい点では上手くいっていたが(その後に「彼となら喜んて苦労する」の言葉で回収するのも良い)、物語全体として、ジョーの人生が小説の執筆と自身の自立に結びつくようには構成できていなかった。もう少し上手く少女の成長譚の枠内に当てはめられなかったのか。

原作7年後の現代編の年齢よりも実年齢が上のキャストが回想編も演じるとなれば、当然映像的に無理が出てくるように思われるが、上述の通りシアーシャ・ローナンの演技は素晴らしく、見事にティーンエイジャーだった。既にアラサーとなったエマ・ワトソンと共に顔に寄ると10代のそれではないものの、メグは出番が少ないこともあり、特に違和感は感じさせない(逆に結婚後の少しくたびれた感じはとても合っていた)。ベス役エリザ・スカンレンは実年齢が最年少ということもあるが、年齢不詳系の顔なので、彼女も見事にハマっている。問題はエイミー役フローレンス・ピューである。

エイミーは最年少で12才という設定なのだが、このローティーンにも満たない少女を20才を過ぎたフローレンス・ピューに演じさせるのは、どう見ても無理があった。まず、外見がゴツくて老けている。前髪を下ろし、髪を三編みにして少女趣味を演出しようとも、痛々しいコスプレにしか見えない。その上、彼女はハスキーボイスの持ち主で、これがどう聞いても少女の声ではない。その彼女が、幼さ故の残酷さを持ったキャラクターを演じてしまうのだが、観客がこれを“幼さ故の”と認識することは不可能である。彼女から“少女性”という無垢を奪えば、後に残るのはただの性格最悪女でしかない。ジョーが選択しなかった可能性を全て奪い去った対比として悪役化する狙いがあるのかもしれないが、そうではないはずの場面までこれではいけない。先生に叩かれたとグズる場面なんてサメ映画に出てくる役者レベルのわざとらしくて酷い演技だと思ったのに、これで彼女がオスカーにノミネートされてしまうのだから、三十郎氏とは演技を評価する尺度が根本的に異なるらしい。成長後は「あの図々しい少女がこうなったか」という感じがよく出ていたものの、外見的変化の激しい二つの年齢を一人に演じさせること自体に無理があった。

若草物語 (角川文庫)

若草物語 (角川文庫)