オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『透明人間』

The Invisible Man, 124min

監督:リー・ワネル 出演:エリザベス・モス、オリヴァー・ジャクソン=コーエン

★★★★

概要

透明人間にストーキングされる話。

短評

ダーク・ユニバースの第二弾!……だったはずの一作。トム・クルーズの姿は影も形もなく消え去り(OPの「DARK UNIVERSE」ロゴすらなかった)、ものすごく真っ当なホラー映画になっていた。過去に観てきたどの透明人間映画とも異なっており、透明人間に追い詰められる側を主人公にしているのが非常に新鮮である。透明人間を、明確な脅威として以外に、心霊的に、隠喩的に用いており、ホラー映画としての恐怖度も高く、また、サイコ・スリラーとしても見応えがあった。

あらすじ

抑圧的な光学研究者の夫エイドリアンに薬を盛り、彼が寝ている隙に自宅から逃走したセシリア(エリザベス・モス)。警察官の友人ジェームズ宅に身を寄せても夫の影に怯え続ける日々が続いていたが、エイドリアンが自殺したとの一報が届く。セシリアは高額の遺産を手にし、新生活への第一歩を踏み出したかに思われたが、彼女の周囲で不可思議な出来事が起こるようになる。セシリアはエイドリアンの仕業だと疑うものの、周囲は誰も信じてくれず、彼女は次第に追い詰められていく。

感想

透明人間映画と言えば、1933年のホエール版『透明人間』も、カーペンター版の『透明人間』も、バーホーベン版の『インビジブル』も、方向性の違いはあれど、全て“透明になった男”を中心とした作品である。科学者の肉体が透明化してしまい、それにどう対処するのかや利用するのかが描かれている。それはそれで好きなのだが、“ホラー映画”という枠組みで考えた時、“被害者”の視点から描くと、やはり恐怖の伝わり方が違う。

料理中の火がひとりで大きくなるといった些細なことから気配を感じさせ(美味しそうなベーコンだったのにもったいない)、透明人間は徐々にエスカレートしていく。セシリアの怯える表情や何の変哲もない風景を中心に捉える場面が多いため、ふと彼女の背中が映る──透明人間視点の映像に切り替わった時のインパクトも大きい。映画の半分を過ぎるまでは透明人間が直接危害を加えてくるわけでもなく(段階を踏んでいるだけに直接攻撃の瞬間もショッキング)、観客はそれが透明人間だと確信して観ているのに、“得体の知れない何か”としての存在感と緊張感が抜群だった。

透明人間を幽霊的に利用したホラーとしても面白いのだが、本作を決定づけているのは、やはりサイコ・スリラーの要素だろう。ソシオパスのエイドリアンはセシリアの“周囲の人々”を傷つけ、間接的に彼女を追い込んでいく。セシリア自身が「もしかして自分がおかしいのかも」と錯覚するようなことがあればガスライティング(e.g.『ガス燈』)に該当するのだろうが、本作のように周囲の対象に対する認識を歪める手法にも名称があるのだろうか。この様子が、透明人間とは関係なく現実にありえそうなリアリティを感じさせながらも、透明人間という要素を損なうこともない。DV夫から逃れたはずの女性が怯え続ける“影”の隠喩として透明人間を用いたことで、ホラー以外にスリラーとしてもドラマとしても本作を成功させていた。

セシリアが襲われるシーンは、一人芝居なのかグリーンタイツマンと戦っているのか、どちらなのだろうと気になっていたが、特典のメイキング映像で後者だと分かった(ワイヤーとの合わせ技で、ジェームズは一人芝居。監督の解説では「ホラー映画の撮影現場はマヌケ」「オルディスのムキムキボディは不公平」の件が好きだった。何気ない場面のCG使用量にも驚かされる)。もし一人芝居ならば、『テネット』の逆行男戦以上のスタント演技力が必要になるだろう。追い込まれる女性としてのエリザベス・モスの演技は素晴らしく、それ故にエイドリアンが執着する理由が分からなくなってしまうくらいに“くたびれている”(外見の美しさだけではないのだろうけれど)。なお、夫を「ソシオパス」と非難するセシリアだったが(トムに対する「クラゲ・バージョン」の喩えは分かりづらい)、最後の彼女も相当なものだと思う。

相手に自分が見えないという優位を差し引いても、なかなかの格闘能力を見せる透明人間。これは……、STEMやってますね(カメラワークも似ていたと思う)。本作の透明人間は化学薬品を飲んで肉体が透明化したのではなく、“光学迷彩”のスーツを着用している。「怖いけど透明人間は今、裸なんだ」と間抜けな姿を想像して笑う遊びができなくなっていた。ただし、セシリアのペンキ攻撃を食らって「あ、やっべ」と焦って逃げ出す場面は笑えた。全身スーツでは覗き以外にエロいことができないと思ったら、しっかりヤることをヤッているエイドリアンであった。透明人間になった男が考えることは、やはり一つだけ!問答無用のクソ野郎だったエイドリアンだが、犬のゼウスをちゃんと世話してたことだけは褒めておこう(彼の生存を示すための演出なのだろうか)。

セシリアが仕事の面接を受けに行っていたが、500万ドルも相続して雇われ仕事はしないだろう。

セシリアにとっては地獄の如き空間だったようだが、エイドリアンの海辺の豪邸はオシャレで素敵だった。

本作を観た後、三十郎氏は二つの「if」を考えた。一つは、「透明人間の存在を明示することなく、前半のサイコ・スリラーに徹していたらどうなっていたか」というもの。「詐欺じゃん」と言いたくなるだろうし、後半の盛り上げ方は難しいだろうが、これも面白くなったような気がする。もう一つは、「もしダーク・ユニバースが頓挫していなかったら」というもの。その場合の透明人間は善玉で、いつかトム・クルーズと共に世界を救ったのだろうか。それとも暴走する透明人間をトム・クルーズが退治したのだろうか。ユニバース構想が頓挫してよかったと心から思う。

透明人間 (字幕版)

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  • 発売日: 2020/12/09
  • メディア: Prime Video
 
透明人間 [完訳版] (偕成社文庫)

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