オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『回る春』

Rehén de ilusiones(Hostage of an Illusion), 85min

監督:エリセオ・スビエラ 出演:ダニエル・ファネゴ、ロミーナ・リッチ

★★

概要

熟年作家が若い女と不倫する話。

短評

期待した程には桃色でないアルゼンチン映画。熟年オヤジと若い女というテンプレの組み合わせによる文芸的な部分は悪くないのだが、背景になっているらしいアルゼンチンの軍事政権についての知識が皆無なので理解が追いつかないし、やはりエロくないと物足りない。ヒロインは劇中で露出狂のような振舞いをしているのに、物語はひたすらに暗く、直接的な描写は少ない。また、彼女の大きめの乳輪が嫌いというわけではないのだが、それほど魅力的な肉体とも思えなかった。

あらすじ

人気作家のパブロのもとに、かつての大学の教え子でカメラマンでもあるラウラ(ロミーナ・リッチ)が取材に訪れる。彼女の誘惑を受け、二人は関係を持つようになり、パブロは若さを取り戻していく。しかし、間もなくしてラウラが精神面の危うさを見せるようになる。

感想

パブロの文学賞受賞のニュースを見て、「あの人の授業受けてた」と気付くラウラ。知り合いの記者に連絡して彼に接触を図り、すぐさま誘惑。どうして彼女がそんな行動に出たのかはよく分からないのだが、彼女は“元軍人の父による抑圧”と“不安定な精神”の二つ理由のから人生が上手くいっておらず、前者を象徴する出来事として、大学を中退させられたことが心のしこりになっていたのではないだろうか。ラウラとの情事でパブロは“若さ”を取り戻すが、大学中退から10年が経ち、徐々に“若い”とは言いづらくなってきている彼女もまた、大学時代に戻ることを望んでいたのではないか。

少々身体に弛みの目立つドッシリとしたラウラを“若い肉体”と形容すべきなのかは微妙なところだが、60絡みと思われるパブロにとってはそうに違いない。きっと三十郎氏に女子大生が迫ってくるくらいの感覚のはずである。下着姿でベランダで踊っておきながら、「兵士に監視されてる!」と言い出すメンヘラ統失女のラウラに引っ掛かってしまった気の毒なパブロ(そりゃ見るだろ。毎日一応チェックするだろ)。しかし、彼もまた“そちらの世界”に引きずり込まれていく。

観客──つまり第三者として本作を観ていると、「あ~、これはヤバい女だから関わるのを止めた方がいい」と冷静に考えられる。しかし、当事者はセックスに夢中になっているわけで、“夢の女”がワケアリだなんて認めたくはない。簡単に諦められるはずがない。彼女を失うことは、同時に自分への自信を失うことを意味するのだから。そんな男の心理が上手く表現されていたと思う。

ラウラを演じるロミーナ・リッチのおっぱいについて。乳輪が大きいという特徴は問題でないものの(むしろ好きなのだが)、彼女がソファからずり落ちる際に、逆さに流れるはずのおっぱいに“固形感”が認められた。カチンコチンというほどではないし、下着姿の時にはプルンプルンと揺れていて素敵なのだが、どうしても気になる。もっとも、それ以降はおっぱいの出番自体が少なく、本作を官能映画にカテゴライズすることは難しい。

ラウラとの逢瀬によりパブロに現れる変化。目尻のシワを気にするようになり、妻にも行為を求めるようになる。後者は「薬に頼る必要がなくなった」という自信が理由なのか。それとも罪滅ぼしなのか。ちなみに、勃起薬についてはパブロの友人が面白い話をしていた。70代になっても性欲の枯れることがない男が妻に相手をしてもらえず、娼婦を買う。高齢の彼らにはコンドームについての知識がなく、性病をもらってしまう。しかし、このどう考えても恥ずかしい事実が、「俺はまだ枯れてない」という“誇り”になるのだとか。さっさと枯れて楽になりたいなあ……。

“発症”したラウラに「まーたはじまった」と冷たい視線を送るマンションの管理人。彼がドアの前で聞き耳を立て、右手をポケットに突っ込むのが笑えた。

監督のエリセオ・スビエラは、スローセックスの布教映画『愛の施術 至極の教典TAO』を撮った人である。性愛についてややこしく、スピリチュアルに語るという点は同じだが、同作は少なくとも桃色方面については満足させてくれた。

回る春 (字幕版)

回る春 (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video