オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ハサミを持って突っ走る』

Running with Scissors, 121min

監督:ライアン・マーフィー 出演:ジョセフ・クロス、アネット・ベニング

★★★

概要

13才の少年が精神科医の変人一家に預けられる話。

短評

原作者オーガテンバロウズの自伝的小説の映画化。(恐らくは原作もそうなのだと思うが)面白おかしく描かれているのでコメディということになるのだとは思うが、冷静に考えればちょっとしたホラーのような内容である。主人公は悲惨な境遇を乗り越え、その経験を小説という形で昇華したわけだが、コメディタッチの割には“ヤバさ”が目立っている。「へんてこ」の一言では片付けられないレベルの奇妙な少年時代だった。プライムビデオの紹介文に「グウェイネス・パルトロウ主演!」とあるが、これは純度90%のウソである(出演はしている。グウェイネス表記は初めて見た)。

あらすじ

詩人としての成功を夢見る母ディアドラ(アネット・ベニング)に溺愛されて育ったオーガステン。しかし、父ノーマンと母の関係が怪しくなって精神科医のフィンチに助力を仰いだところ、二人は離婚。ディアドラのフィンチへの依存は高まり、彼女はオーガステンを彼の家に預けることを決める。妻アグネス、長女ホープグウィネス・パルトロー)、次女ナンシー(エヴァン・レイチェル・ウッド)、猫フロイドらのフィンチ家は、実に奇妙な一家だった。

感想

「私は詩人として有名になるの」「カーネギーホールで朗読会を開くわ」とハッピー回路全開な母ディアドラ。「男の抑圧が全ての元凶」「夫に殺される」と喚き立てる彼女を「子供の前でそんなことを言うな」とフィンチが諌める登場場面では、「この人のおかげでオーガステンが立ち直る話なのかな?」なんて思ったが、こいつがとんだ食わせ者だった。

夫婦のカウンセリングでは比較的まともそうな夫ノーマンを「殺人傾向の酒浸り」と断定し、明らかにヒステリーなディアドラを「君は素晴らしい詩人」と褒めそやす。ノーマンがいなければ「そこに“マスかき部屋”があるから見せてあげようか?」なんて言い出すし、オーガステンが彼の家に預けられるのも「ディアドラとモーテルに行ってくるから君はそのまま(何週間か)ここで待ってなさい」という発言からである。要するに、合法的に薬で患者の心を支配する変態医師というのが彼の実態だろう。

クリスマスツリーが2年間も出しっぱなしで、台所には皿が積み重なる。家の外壁は(手入れ不足でくすんだ)ピンク色で、庭には粗大ゴミが散乱している。一目見て“異常”と分かるフィンチ家だが、ディアドラをアレして、オーガステンを“養子”にするとなれば(預かるだけでは済まない。本当に書類手続きがある)、これはもう何かのカルトである。気狂いの母から離れて、もっと気狂いな一家に引き取られるという、よく考えずとも怖い話だった。一家の行動が理解を超えているのでコミカルに思えるが、描き方を変えれば立派なスリラーである。

オーガステンが「これはもうムリだわ」と気付いて母を諦めることでハッピーエンドとなるわけだが、一歩間違えば彼も“あちら側”の世界に仲間入りしていたことだろう。妻子の元を去った父ノーマンは冷酷に思えたが、オーガステンが母と疎遠になり、オーガステンが彼と和解した後日談を踏まえれば、ディアドラと関わり続ける限りは“まとも”に生きられないと理解していたことになるのだろう。

フィンチとディアドラのカウンセリング中に、ナンシーとオーガステンが“お医者さんごっこ”をする。前者の関係がそれっぽいだけに、後者もそうなるではないかと期待したが、そうはならなかった(オーガステンはゲイである)。ホープが殺した猫の葬式でも美脚全開なエヴァン・レイチェル・ウッドがセクシーだった。

詩人として成功できなかったディアドラが、暇な主婦たちを集めた朗読会で“ご意見番”をしている。目指した世界では“落伍者”である彼女も、素人に比べれば立派な“専門家”ということになるか。実に虚しい埋め合わせだが、彼女のような気狂いでなくとも、同種のマウント取りをしないように気をつけたいものである。嫌悪感ばかりが先行するタイプの奇人ディアドラだったが、皿を“月光浴”させる場面だけは笑えてよかった。

ハサミを持って突っ走る

ハサミを持って突っ走る

  • メディア: Prime Video