オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『レッド・アーミー 氷上の熱き冷戦』

Red Army, 84min

監督:ガブ・ポルスキー 出演:ヴャチェスラフ・フェティソフ、ウラディスラフ・トレチャク

★★★

概要

アイスホッケー・ソ連代表チーム“レッド・アーミー”。

短評

かつて栄華を誇ったアイスホッケー・ソ連代表チームについてのドキュメンタリー映画。冷戦下におけるチームの役割、“おそロシア”な管理体制、ペレストロイカによる終焉と、スポーツと政治の複雑な関係が垣間見える興味深い一作だった。チームの中心選手だったフェティソフが本作のインタビューに答えているのだが、ソ連社会の変化を象徴するようなキャリアを送ってきた彼が、現在はロシアの政治家というだけでも様々な事情が見え隠れするというものだろう。

あらすじ

冷戦時代に世界最強の名をほしいままにしたアイスホッケー・ソ連代表チーム“レッド・アーミー”。そこには単なるスポーツの代表チームというだけでなく、国家の威信を懸けて強化された集団という側面があった。しかし、時は流れてソ連体制崩壊が近づき、代表チームや選手のキャリアにも変化が起こる。

感想

ロシア人には(失礼ながら)荒くれ者のイメージがあるのだが、どうもアイスホッケーの世界では事情が異なるらしい。フェティソフが10才の頃に出会った代表チームのコーチ・タラソフは華麗なパス回しを指向しており、チェス王者と合宿するなどして、芸術的なチームを作り上げていた。しかし、彼が得点取消に異議を唱えて会場から立ち去った試合をブレジネフが観戦に来ており、「なんだ、あいつは!」と激怒。その結果、KGB関係者のチーホノフが後任監督として送り込まれ、代表チームが“おそロシア”へと変貌してしまう。

彼は(楽勝と目されていたレークプラシッド五輪で負けた)ベテランの首を切ってチームを刷新し、練習量を格段に増加させる。なんと1年の内の11ヶ月が合宿所での生活である。家族とは電話連絡だけで、親の死に目に会うことすらできない。少しどころではなく常軌を逸している。彼はサラエボカルガリーでチームを優勝に導くのだが、フェティソフ曰く、「彼は我々なくして成功できなかっただろうが、我々は彼がいなくても成功できた」。果たして“勝利”だけを基準とした時に何が正しかったのかは分からないが、優勝チームの監督がここまで言われるのはよっぽどである。

ペレストロイカによって選手の海外移籍が解禁されるのだが、ここにも複雑な政治事情が。フェティソフがチーホノフにより約束を反故にされて移籍できなかったり(それに反発したフェティソフは代表チームを去るが、周囲の人々が当局の監視を恐れて彼を避けるようになり、練習すらできなくなってしまう)、海外遠征には選手の亡命を防ぐためにKGB職員が随行したりする(逆にNHL側は亡命させるために策を弄する)。この話をする元KGB職員が、孫娘による妨害を受けながらインタビューを受けていて微笑ましかった。フェティソフも「忙しいから」と言って携帯を見ながらインタビューを受けているし、ロシア人は“自由”である。

なんとかNHLへの移籍を果たすも(契約金や年俸の分配を巡る話は、ちょうどキューバの野球選手がNPBでプレーする時と同じような感じなのだろうか)、現地では「共産主義者=悪人」として(ファンだけでなく監督からも)差別されるし、ソ連とは異なる荒々しいプレーへの適応にも苦しむ。アイスホッケー“名物”だと思っていた乱闘は、どうやら北米の文化らしい。

それでもソ連人5人を集めたチームで(NHL史上最多勝利の監督が「自分の理解を超えているから」と自由にやらせて)フェティソフはNHL優勝を果たし(チームを勝たせれば差別していたファンですら喜ぶ。これはよく分かる。三十郎氏の応援しているチームが地元出身者を厚遇しているのだが、そんなことよりも勝たせてくれる選手を獲ってくれと強く思う)、優勝トロフィーを祖国に持ち帰る。しかし、久しく離れていた母国は“別の国”になっており、彼は一抹の寂しさを覚えるのである。あんなにも苦しい思いをしたというのに。

現在政治家のフェティソフは「あくまで当時は」と強調するが、「ソ連が恋しくない者には心がない。ソ連に戻りたい者には脳がない」というプーチンの言葉の通りの複雑な胸中なのだろう。“解放”されたロシアは金儲けが全ての世界に生まれ変わり、アイスホッケー選手も次々とNHLを目指すようになる。それが全て悪いことだとは思わないが、何かが失われてしまったことも確かだろう。ロシアから来た選手のシュート精度を披露するためにマトリョーシカを的にして打ち抜かせるのは、相当に悪趣味だと感じた。

ロシアサーカスではクマにアイスホッケーをさせている。着ぐるみではなく本当にクマがアイスホッケーをしている。この光景だけを見ると微笑ましいのだが、厳しすぎる練習を肯定するための文脈でクマの調教を持ち出してくるので、やっぱりおそロシア