オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『夜の訪問者』

An Inspector Calls, 86min

監督:アシュリング・ウォルシュ 出演:デヴィッド・シューリス、ソフィー・ランドル

★★★

概要

自殺者との意外な関係。

短評

BBCによる同名戯曲の映画化作品。1945年に執筆された原作は本作以外に何度も映像化されているらしく(チャールズ・ブロンソンの同名映画は無関係)、その説教臭いまでに教育的な内容が、時代を問わず非常に重要なものであることが分かる。本作の登場人物の誰もが、女を自殺させようとして意図的に追い込んだわけではない。中にはよかれと思って行動したものすらいる。我々は皆、自分の行動が相手に与える影響に対してもっと慎重になるべきなのだ。

あらすじ

対立関係にあったバーリング家とクロフト家の、シーラ(クロエ・ピリー)とジェラルドの婚約を祝う食事会に、グール(デヴィッド・シューリス)と名乗る警部が現れる。グール曰く、「病院で自殺した女の日記に名前があったので事情を聞きたい」とのこと。自殺者の名前はエヴァ・スミス(ソフィー・ランドル)。かつてバーリング家の父アーサーが解雇した女だったが、一家の皆が何らかの形で彼女に関わっていた。

感想

父アーサーは、賃上げを求めてストライキを起こしたエヴァを「世間並みに払ってる(インフレには非対応)」と言って解雇。シーラは、工場を解雇されて服飾店で働いていたエヴァを「自分よりも服が似合っててムカつく」と八つ当たりクレームして再び解雇。ジェラルドは、追い込まれたエヴァが客引きバーでキモい議員に口説かれているところを助けて自分が愛人化。そして、「どうせ未来のない関係だし」と下手に希望を持たせたところで関係を清算する。母シビルは、妊娠して婦人慈善協会に助けを求めた“バーリング夫人”を名乗るエヴァを「救うに値しない」と一蹴。エヴァがどうしてバーリング夫人を名乗ったかと言えば、一家の息子エリックが妊娠させたからである。

あまりにスモールワールドな出来すぎた話であり、グールが帰宅すると、一家の面々は「あいつ誰だよ?」「本当に自殺者なんているのか?」「別人の話を一人にまとめてるんじゃないのか?」と真っ当な疑問を口にする。その結果、「いませんでした」→「やっぱりいました」の流れになるのだが、エヴァが本当に自殺していたのかどうかは、問題を自分の身に置き換える上で重要なことではあるまい。

人が“何か”をする時、他者に対して意図せぬ影響を与えることが多々ある。そして、自分が知りもしない場所で相手が追い込まれ、場合によってはエヴァのように自殺することだってあるかもしれない。本作は関係者が一堂に会して分かりやすく“ストーリー”を形成しているが、そうでなくとも物語の一部になりうる可能性は誰にだってあるのだ。

本作の登場人物がエヴァの死に対して法的な責任を負うことはない。上流階級が労働者階級を死なせたという構図にはなっているものの、「社会が死なせた」と言い換えることも可能だろう。人を追い込むのは決して権力ばかりではない。バーリング家の面々はグールの追求により自らの醜い側面を露呈していたが、それに気付くこともなく“社会”に加担し続ける人間は無数に存在する。事実を知ることもなく、責任を負うこともなく、醜聞を怖れることもなく。自分がその一人になることを避けるのは非常な困難を伴うが、可能性だけは常に頭の片隅に置いておくべきだろう。

エヴァは次のように言い残している。曰く、「人間を信用できないから、神を信じるしかない」。誰だってそんな世界で生きたくなんてないはずである。

夜の来訪者(字幕版)

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  • 発売日: 2019/07/05
  • メディア: Prime Video
 
夜の来訪者 (岩波文庫 赤294-1)

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