オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『誰もがそれを知っている』

Todos lo saben(Everybody Knows), 132min

監督:アスガー・ファルハディ 出演:ペネロペ・クルスハビエル・バルデム

★★★

概要

結婚式で誘拐事件が発生する話。

短評

イランの名匠アスガー・ファルハディがスペインのスター・カップルをキャストに迎えた一作。誘拐事件を切っ掛けに、誰もがそれを知っていながら、あえて口にしてこなかった事実が浮かび上がるイヤアな緊迫感については流石の手腕を発揮していたが、ファルハディ作品としてはもう一つだったか。母国イランを離れた影響なのか、社会的背景を基にした奥行きをあまり感じられず、“ただ面白いだけ”というレベルに留まっているような気がした。水準以上の映画であることは間違いないのだが、『別離』があまりに圧巻だったために、ファルハディに対する期待のハードルが上がりすぎている。

あらすじ

妹アナ(インマ・クエスタ)の結婚式に出席するため、アルゼンチンから故郷スペインへと帰ってきたラウラ(ペネロペ・クルス)。式が無事に終わり、その後のパーティーも盛り上がっていたところで、体調を崩して寝ていたはずのラウラの娘イレーネ(カーラ・カンプラ)が姿を消してしまう。後には誘拐事件のスクラップ記事が残され、ラウラには脅迫メールが届く。ラウラは旧知の中であるパコ(ハビエル・バルデム)たちと事件の解決を図るが、彼らが胸の内に抱えていた本音が顔を出すようになる。

感想

結婚式を欠席しているラウラの夫アレハンドロが金持ちらしいということ。そして、イレーネがフェリペとの駆け落ちを臭わせているいること。ミステリーの動機としてはこの両輪だろう。もっとも、後者については三十郎氏が「そうかもしれない」と思っただけで、完全にハズレだった。身代金の要求がパコの妻ベア(バルバラ・レニー)にも届くという不可思議な展開などから、「どうやら犯人は身内にいるらしいぞ」ということになってくる。

そうして出てくる本音の数々が凄いのなんの。「こいつら、よくもまあ仲良くやってこれたなぁ」と笑いたくなってしまうくらいである。元はラウラ家の使用人の息子だったパコがブドウ農園を買い取ったことへのやっかみと、「(金に困って売ったくせに)本当は自分たちの土地だ」という虚しい自負。金持ちのはずのアレハンドロは2年間に渡るニート生活中。実はイレーネはパコとの間の子(パコは知らず、アレハンドロは承知済み)。妻の仕事への蔑視。隠されてきた事実や本音が、疑心暗鬼と切羽詰まった状況故に、ついつい口をついてしまう(ラウラの父は半分痴呆なのが原因だが)。

それを言っても事件の解決には何の役にも立たないのに、それでも言わずにいられないのが人間というものである。事件解決のために藁にもすがる思いもあるだろう。「前から気に食わなかったんだよ!」と“これを機会に”してしまうこともあるだろう。こうした「今それ言っちゃう?」な感情の表出が実にリアルだった。特にラウラの「あなたの子よ」は、はっきり言って卑怯なのに、それでも言わずにはいられないのがよく分かる。ああ、嫌だナァ、この感じ。でも、それが面白い。人の不幸は蜜の味。現場にいたらいたたまれない気持ちで鬱になりそうだが。

というわけで、誘拐事件自体はそれらを引き出すための舞台設定である。真犯人が分かっても「ふ~ん」としかならない点には物足りなさを覚えた。そこから浮かび上がる新たな事実だったり、更に嫌な思いをすることはない。特に意外性もない真相のために皆が振り回され、人間関係に修復不可能なヒビが入ってしまうという意味では皮肉が効いていて好きなのだが、ミステリーとしてはやはり面白みに欠けた(スクラップ記事の無意味さにも)。外見に特徴が少なくて登場人物を把握しにくいのも「ふ~ん」の一因になっているのだが(ペネロペ・クルスの憔悴ぶりは凄い)、これはむしろ「真相は重要ではない」と示すための狙いだったか。同質性の高さ故に押し殺される感情の存在は、日本人も嫌なくらいに知っているだろう。

結末の後のもう一つの結末は、新たな“誰もがそれを知っている”になるのだろうか。イレーネが無事に帰ってきて、ラウラ家の皆がパコに対して微妙な感情を抱えていると判明した今、パコの損失補填のために一族から生贄を捧げる必要はない。マリアナは耐えきれずにフェルナンドと秘密を共有し、フェルナンドもまた誰かに話してしまうのだろう。そうして周知の秘密となり、その地雷は誰かが何かの切っ掛けで踏んでくれるのを待つことになる。きっとそれは、外部からの訪問者──事実を知らされることのないラウラたちが再びその役目を担うに違いない。

誰もがそれを知っている (字幕版)

誰もがそれを知っている (字幕版)

  • 発売日: 2019/12/04
  • メディア: Prime Video