オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『エスケーピング・マッドハウス』

Escaping the Madhouse: The Nellie Bly Story, 88min

監督:カレン・モンクリーフ 出演:クリスティーナ・リッチ、ジュディス・ライト

★★

概要

精神病院残酷記。

短評

ネリー・ブライという女性記者による精神病院への潜入調査を元ネタにしたテレビ映画。潜入調査自体は事実のようだが、本作は「記憶をなくした患者の正体が実は記者だった」というスリラーになっており、潜入ものとしての面白さはなかった。患者たちを待ち受ける残虐な“しつけ”についても、事実だと考えれば怖ろしいが、映画的にはテレビ映画なので物足りなかった。史実通りの話が見てみたかったような気もするが、そちらは『10 Days in a Madhouse』というタイトルで映画化されているらしい(同作は2015年の、本作は2019年の作品)。

あらすじ

1887年、ニューヨーク。ブラックウェルズ島(現ルーズベルト島)の精神病院に、ネリー・ブラウンという自分の名前しか覚えていない女性(クリスティーナ・リッチ)が連れてこられる。記憶がない以外は正気の彼女は病院を出ようとするが、ジョサイア医師の説得により記憶の回復までは残ることに。しかし、精神を病んでいるはずの周囲の患者たちの多くもまた正気であることに気付き、グラディ寮長による「しつけ」と称した治療行為こそが問題であると考えるようになる。

感想

かつての精神病院がいかに人権無視の“ヤバい空間”だったのかは、『カッコーの巣の上で』といった名作からも既知の事実となっている。そこで、現代の映画制作者が改めてその恐ろしさを描くとなると、何かしらの工夫が必要となる。そうでなければ同作を観ればよいだけなのだから(実際にそうなのだが)。たとえば残虐性を強調して観客を震え上がらせたり(意図とは別方向に働いて観客を喜ばせるだろうが)、史実としての性格を強調することが考えられるだろう。

しかし、本作は(大して盛り上がらない)スリラーの体裁をとったことで史実としての性格を損ない、テレビ映画故に残虐描写も直接的なものは控えている。中途半端な一作である。最も過激なシーンであっても、ロティ(アンニャ・サヴィッチ。ジョサイア医師が彼女を選ばなかったのが不自然なほどの美人)の炎上くらいのものだろう。「みだらな血を浄化する」と言ってヒルのような生物を使う面白いシーンがあるのだが、ここも「恐らくは股間に使うのだろう」と“想像”に委ねられている。悪趣味路線に走りたくないという意図は理解できるものの、「実は主人公の正体が……」という展開がB級スリラーのそれでしかなく、バランスを悪さを感じさせた。『ガール・イン・ザ・ボックス』もそうだったが、「Lifetime」の配信作品はこんな感じなのかな。

スリラー以外の面で“B級感”を隠しきれていないのが、グラディ寮長のキャラクターだろう。これがまた“いかにも”なキャラクターで、安っぽさが全開となっている。彼女には児童労働と虐待の背景が付与されており、それが彼女を“狂わせた”ように演出されているものの、出来上がったのは単なる悪役に過ぎない。職員と患者の間の支配・被支配の関係にも“文脈”を感じられるようなところがなかった。ただ職員側が強権で抑えつけているだけでしかない。一見優しそうでも“お気に入り”に手を出してしまうジョサイア医師の方がリアリティはあったと思う。

主人公のモデルとなったネリー・ブライは、本件を切っ掛けに潜入取材を得意とする女性記者として名を上げ、他にも様々な場所に潜入したそうである。また、ジュール・ヴェルヌの『八十日間世界一周』を元ネタに世界一周に挑み、72日6時間11分14秒で達成したのだとか。更には発明家としての顔も持っていたようで、本当に凄い人である。普通に伝記映画を作った方がよっぽど面白くなるのではないかと思うのだが、業績が多過ぎて2時間の枠でも駆け足展開になってしまうだろう。

エスケーピング・マッドハウス

エスケーピング・マッドハウス

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