オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ストックホルム・ペンシルベニア』

Stockholm, Pennsylvania, 99min

監督:ニコル・ベックウィズ 出演:シアーシャ・ローナンシンシア・ニクソン

★★★

概要

長期の誘拐から解放された女の話。

短評

『ルーム』の暗黒版とでも呼ぶべき一作。同じ2015年の作品であり、シアーシャ・ローナン主演なので便乗公開されてもよかったと思うのだが、日本では劇場未公開となっている(三十郎氏も本作の存在すら知らなかった。ファンのくせに)。タイトルからも想像できるように、誘拐先のストックホルム症候群の次に、“帰ってきた”先のペンシルベニアでも問題が発生する話である。母親の変貌ぶりはもう少し丁寧に描写すべきだったかと思うが、彼女の焦りや不安は十分に理解できるものだった。また、二つの“症候群”の帰結として導き出される結末についても興味深かった。

あらすじ

4才で誘拐されて以来地下室に監禁され続け、22才で犯人の逮捕により解放されたレイア(シアーシャ・ローナン)。父グレンと母マーシーは彼女の帰宅を大いに喜ぶものの、本人は心ここにあらずだった。彼女にとっては犯人ベンの家こそが“自宅”となっており、誘拐前の記憶がないのだから。なんとか娘を新生活に適応させようとするマーシーだったが、一向に心を開く様子を見せない娘に対して焦りを募らせていく。

感想

レイアがどれくらい誘拐犯との生活に馴染んでいるのかは、彼女が本当の名前はリアンであることすら忘れてレイアを名乗っていることからも明白だろう(「姫の名前」とは聞かされているがスター・ウォーズのことは知らない。外界と隔絶された“閉じた世界”が察せられる)。ただし、これ自体はよくあるストックホルム症候群の一例に他ならず、本作を決定づける要素ではない。その彼女が「リアンじゃなくてレイアだし……」「知らない人たちを親だと言われても……」と戸惑っている状態で、母マーシーが「私がなんとかしなくちゃ!」と張り切り“過ぎる”ことで次の問題が起こる。

娘が戻ってきて嬉しいのは分かるし、一日でも早く彼女を“普通の暮らし”に適応させたいのも分かる。ちょっと外に出ただけなのに失踪したと勘違いして騒ぎ立てるのも無理はないだろう。しかし、母親は成果を焦った。そして、求めすぎた。娘を思う気持ちは、やがて彼女の束縛へと繋がり、誘拐犯と同じように彼女を監禁するようになる。母が狂気に走る過程には(周囲の関与も含めて)省略があったかと思うが、根底にある感情は十分に理解可能である。“誘拐犯による監禁から解放されたら母親に監禁された”という、見方を変えればコントのような展開にも説得力がある。マーシーが“なんとか”しようとしている姿は無理強いの感が強く(トラストフォールの場面が面白い)、誘拐犯の方がレイアに対して穏やかに向き合っているという皮肉な対比を生んでいた。

誘拐犯との人間関係しか知らずに育った少女が、実の親による歪んだ“愛”を押し付けられる。ここから導き出される帰結が面白い。誘拐犯との関係が“完成”してしまっているため、親との新たな関係性は受け入れられない(母の接し方が違っていれば、父があっさり引き下がらなければどうだったのだろう)。しかし、誘拐犯は壁の中。では、どうするか。誘拐犯との関係を“再現”してしまえばよいのである。レイアにとっては前者の方が後者よりも良かったのだから。母の変貌が“ペンシルベニア症候群”なのかと思っていたが、もしかしてレイアが新たに築こうとしている関係の相手の“これから”こそがその対象なのだろうか。誘拐犯から逃れ、毒親から逃れる。その先にあるものの気味悪さである。

母の独り善がりが極まっていたのは、エアロバイクのプレゼントだろうか。「来週は隔離の週だから部屋の中で運動できていいでしょ」と意味不明なことを満足気に話す母の怖さもさることながら、“漕いでも進まない自転車”をプレゼントするというセンスである。それは正に自分がしてきたことなのではないか。必死にペダルを漕いでも(=レイアのために何かを試しても)、自転車は決して前に進まない(=彼女は一切期待に応えてくれない)。恐らく無自覚なのだろうが、自分が苦しんだことを相手に押し付けるというのが……。他には、水を飲む時間まで予定管理したり、“連帯責任ゲーム”と称して娘と自分の体を紐で繋いでしまう暴走ぶりが怖かった。

マーシー役のシンシア・ニクソンが“過剰な期待を裏切られたことによる暴走”を分かりやすく演じているのに対し、レイア役のシアーシャ・ローナンは抑えのきいた演技を披露している。それは恐らく彼女自身が自分の感情を整理できておらず、その発露の仕方も分かっていないからなのだろう。何をどう表現すればいいのか分からないという状態が、ある種の冷淡さとして表出していた。主人公の心情の変化についても描写が不十分かとは思うが、結末は納得のいくものなので、そこから逆算すれば必要最低限は押さえていたかと思う。

演技以外の面でシアーシャのファン視点だと、“はじめてのブラジャー”だったり、入浴中の背中の場面が魅力的か(雰囲気が重いので全くエロくはないが)。ちなみに顔はパンパン気味だった。監禁生活は運動不足なのか。7才のレイア(エイヴリー・フィリップス)と12才のレイア(ハナ・ヘイズ)も可愛かった。

ストックホルム・ペンシルベニア