オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』

Knives Out, 130min

監督:ライアン・ジョンソン 出演:ダニエル・クレイグ、アナ・デ・アルマス

★★★

概要

ミステリー作家殺人事件。

短評

スター・ウォーズをぶっ壊したことで一躍時の人となり(これについてはディズニーの責任の方が大きいと思うが)、その後、SNS上での圧倒的小物ぶりにより失墜した名誉をライアン・ジョンソンが回復させた一作。監督としても脚本家としても才能ある人だと思うので、大人しくオリジナル作品に専念すればいいと思う(有名人のSNSは見ないに限る)。“真犯人”が「動機」と「登場頻度」の面から明らかなミステリーではあるものの、推理のデティールは鮮やかである。スマホの普及した現代に、館を舞台にした事件を解決する古典的名探偵が降臨するというミスマッチも愉快だった。

あらすじ

ベストセラー作家のハーラン・スロンビー(クリストファー・プラマー)が、85才の誕生日パーティーの翌日に、書斎で喉を切られた状態で発見される。警察は死因を自殺と断定するが、ハーランの家族や看護師のマルタ(アナ・デ・アルマス)に対する聞き取り調査が実施される。その際、警察の後ろに控えて話を聞いている一人の男がいた。彼こそが名探偵ブノワ・ブラン(ダニエル・クレイグ)であり、何者かの依頼を受けて他殺を疑っていたのだった。

感想

“犯人”は早々に明かされる。マルタが鎮痛剤とモルヒネを間違えて注射してしまい、ミステリー作家のハーランが即席で考えた筋書きに従って“完全犯罪”が成立する(この過程だけでも面白い)。“喉を切った”という状況もハーランによる“演出”である。シンプルな倒叙型ミステリーならば、ミステリー作家が仕掛けた“最後の犯行”を名探偵が暴くオチになるのだろうが(実際に“そういう体で”進行する)、ここで引っ掛かること──ブランが「ドーナツの穴」と表現するものがある。これは他に“真犯人”がいるに違いない。

三十郎氏は、“あるはずのもの(ナロキソン)がない”という状況がそれだと思って観ていたのだが、実際にはより重層的だった。仮にナロキソンを盗んだとしても、マルタにモルヒネを誤注射させないと意味がないのだから。明らかになる真相には“故意”や“勘違い”が入り乱れており、それらが一つに繋がった時の快感は、正に古典的ミステリーのそれだった(呆けているとしか思えない婆様の使い方が好き)。犯人を先読みしたがるタイプなら少しは悔しがって然るべきなのかもしれないが、自分が見落としていた要素の多さに比例して快感も大きくなる。

名探偵役のダニエル・クレイグ、“犯人“役のアナ・デ・アルマスの他に、“真犯人”候補にも錚々たる顔ぶれが揃っている。長女リンダの夫リチャード(ドン・ジョンソン)、彼らの息子ランサム(クリス・エヴァンス)、亡くなった長男の妻ジェニ(トニ・コレット)、次男のウォルト(マイケル・シャノン)。仮に名前を覚えていなくても、皆一度は顔を見たことがあるキャストだろう。通常、ミステリー“映画”における豪華なキャストは、「こいつが一番有名だから重要人物(=犯人)だ」と決めつけさせなかったり、逆にミスリードして観客を混乱させる方向に働くものだと思うのだが、これはあまり機能していなかったように思う。

四人はパーティーの夜にハーランから“切られて”いるのだが、聞き取りの時点で「動機が弱い」と指摘されている通り。したがって、明らかに“遺産”絡みとなるのだが、遺言の内容を知っていたのは一人だけである。また、その一人が他の“容疑者”に比べてあまりにも登場時間が長いため、その人が“真犯人”であることは明白だった。しかし、真犯人の正体以外の部分で観客を裏切ることには十分に成功しており、ミステリーとしての面白さは毀損されていなかったと思う。

ツイードを着た古風な名探偵を演じるダニエル・クレイグは、『ローガン・ラッキー』の時のようなコミカルなキャラクターだった。どうしてもボンドのイメージが先行するが、こういう役でも意外に生き生きしている。車内で一人で歌わせてみたりと、なかなか真相に迫らない“間抜けな探偵”風だったが、最後に“靴についた血”で名探偵ぶりを披露する。この飄々と真相を見通してしまう辺りも古典的名探偵という趣だった。彼のキャラクター演出の一端を担っていると思われるピンチョンの『重力の虹』は、ちょっと挑戦する気になれない。三十郎氏は『V.』とPTA版『インヒアレント・ヴァイス』の前に無様に敗れ去っている。

愛しのアルマス嬢は相変わらず可愛らしい。彼女の“嘘をつくとゲロを吐く”という設定は、設定そのものも、その使い方も愉快だった。三十郎氏にそいういう趣味はないものの、彼女のゲロならば顔に吐かれても構わない。むしろ吐いてほしい。彼女の設定もあって劇中に登場する移民についての議論は正直浮いていたと思うのだが、「面倒を見てあげる」という発言で立場の逆転を表現した瞬間はグッときた。

ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密(字幕版)

ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密(字幕版)

  • 発売日: 2020/07/08
  • メディア: Prime Video