オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『タイニー・ファニチャー』

Tiny Furniture, 99min

監督:レナ・ダナム 出演:レナ・ダナム、ローリー・シモンズ

★★★★

概要

大卒モラトリアム。

短評

大卒ニートが実家に帰ってモラトリアムする姿を描いたコメディ映画。いかにもな雰囲気のインデペンデント映画であり、いつもなら「甘ったれたクソ女が『私だって大変なのよ!』と喚いているだけ」と切り捨ててしまいそうな内容なのだが、三十郎氏もかつて大学院に“逃げた”クチでありかつ未だに人生迷子気味なため、情けないかな、同族嫌悪しつつも共感できてしまった。ニューヨークのアーティスト・コミュニティというオサレの最高峰のような界隈で沈没するダメダメなデブ貧乳女の姿を、シニカルな笑いを込めて描いていた。

あらすじ

大学を卒業し、恋人と別れてニューヨークの実家に戻ってきたオーラ(レナ・ダナム)。(母に借りた金を持って出掛けた)パーティーでジェドというYoutuberと知り合ったり、疎遠にしていた旧友シャルロット(ジェマイマ・カーク)の紹介で低賃金のバイトを始めてみたりはするものの、何をやってもどうも上手くいかないオーラである。

感想

オーラは何を間違っても“観客が憧れを抱く主人公”ではない。ケチのつけようもない程のダメ女である。映像制作という就職の難しそうな分野を学んで、その通りに就職できない。恵まれた環境の実家に帰って創作活動に精を出すわけでもなく、自分でも何がしたいのか分からず日々を過ごしている。新卒で就職してから一貫して働き続けられる人々とってはただの甘ったれなのだろうが、その甘ったれた姿をポジティブに肯定してしまうのではなく、恥部をさらけ出しているものだから面白い。

就職も恋愛も家族関係も、何をやっても上手くいかないオーラだが、「失敗」とまで言えない絶妙に“宙ぶらりん”のリアリティが笑いを誘う。それは冒頭の帰省シーンから一貫していたと言えるだろう。彼女が実家に帰って「ただいまー」と言うも、誰も出迎えに来てくれない。芸術家の母も高校生の妹もアトリエで仕事中である。別に何と言うこともないのだが、オーラが“期待していたもの”からは少しズレている。招かれざる客というわけではないが、「もう少し何かあってもいいんじゃない?」と思ってしまうのが人の情というもの。嫌われているわけではないが、決して歓迎されているわけでもない。オーラは「ここは私の家でもあるのに」と言うが、どこか“正規の住人”ではないようなイヤァな居心地の悪さがある。

ジェドを部屋に泊めるも身体を求められることは一切なく(おまけに寝汗を非難される。汗くらいかくだろ)、バイト先のイケメンシェフとのセックスは空き地のスチールパイプの中で(このシーンが一番笑える。その話を母にするのがまた笑える)。こうした“ままならなさ”の積み重ねには同情できそうなところだが、フランキー(メリット・ウェヴァー)とのルームシェアの予定を突如として反故にしたり、母から注意を受けると「私だって辛いんだからぁ!」と支離滅裂に逆ギレするものだから、ただ同情して彼女の生き方を肯定することもできない。

しかし、それもまた人生なのだ。実家が経済的に恵まれているので苦境が苦境と言えるようなものでもなく、悩みの内容も決して切迫していない。そんなフワフワぁ~っとした(ほとんど終わりかけている)青春の一幕に、オーラと同じく甘ったれな三十郎氏は共感してしまうのであった。もっとも、「ただの甘ったれ」と切り捨てる人がいても結構な事だと思う。甘ったればかりでは社会は回らないのだから。ただし、外野が首を突っ込んで非難するようなことでもないと思う。

学生時代に制作した下着姿の動画に対して「脂肪工場」とコメントのつく悲惨な体型のオーラ。対して、妹のネイディーンは高身長で、オーラの家族に対するコンプレックスを象徴しているのだが、なんと演じているのは実の妹なのだとか(母役も実母)。この差を「生まれつき恵まれていない不運」として嘆くのではなく、自身の怠惰を認める場面があるのが面白かった。不貞腐れてソファに寝そべるオーラの傍らで、ネイディーンはルームランナーで走り出す。自分でも自分のダメなところが分かっているのである。しかし、分かっているからといって直せるものでもないのだから困ってしまう。

「後でやると言って決してやらない」という最高に痛いところを突いてくる母だったが、なんだかんだで温かかった。彼女がいなければ、もっと後味の悪い映画になっていたことだろう。

イケメンシェフは日本のAVの「触手責め」が好みとのことであった。この会話の中で「精液オムレツ」というのが出てくるのだが、検索するのはやめておこうと思う。

タイニー・ファニチャー(字幕版)