A Bouquet of Clean Crime and Neat Murders/Henry Slesar
概要
全17篇の短編犯罪小説。
感想
サスペンス映画の神様アルフレッド・ヒッチコック編纂の短編集。本書に収録されている17篇は、いずれもTVシリーズ『ヒッチコック劇場』の原作として使用されたものとのことである。ヒッチコック自身が序文を寄せており、その中で以下5つの“哲学の原則”が紹介されている。
- 殺人はきれいなものじゃない。
- 暴力は、正当な理由がなければ退屈である
- 本当の気難し屋はひとりもいない。
- 犯罪は引き合わないが、楽しいものであることは確かだ。
- 遊びが大切だ。
ヘンリイ・スレッサー『うまい犯罪、しゃれた殺人』より
この中でも特に4と5の要素が強く出た一冊だったように思われる。タイトルに「しゃれた殺人」とあるように、確かに人が殺される話もある。しかし、「オチを上手くまとめたなぁ」という感心が先立つため、そこに悲壮感はない。割とバッドエンドも多いはずなのに、本当に“楽しく”読めてしまうのである。犯罪者や巻き込まれる者の心理を説得力ある形で描きつつも、全てが「そうきたか」というオチへと収斂しており、犯罪をモチーフにした「小咄」といった印象だった。
“哲学の原則”の3は意味が分かりづらいが、丁寧に追えば犯人の心理を理解できない犯罪はないということか。本書には様々な状況に置かれた人物が登場するが、確かにスッと頭に入ってくる。
本書は短編集なので、1話当たりの文量は非常に少ない。三十郎氏はスイスイと一気に読んでしまったのだが、寝る前に1話ずつ読む方が楽しめたかもしれないという気もする。『ヒッチコック劇場』には30分枠と1時間枠のシーズンがあったようだが、30分だとちょうどよさそうだった。登場人物が苦境に陥る場面では、古めかしい“いかにもサスペンス”なBGMが頭に浮かんでくる。
短編集の感想だと「このエピソードが気に入った」という形で書き残しておくことが多いように思うが、本書には「これ!」という話はなかった。どれも面白いのだが、抜きん出ているものはない。こう書くとつまらないように思えてしまうかもしれないが、逆である。全部それなりに面白く、少なくとも“ハズレ”はなかった。突出したものはないが、いずれも結末にニヤリとさせられる。