オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『旅行者の朝食』米原万里

概要

食にまつわるエッセイ集。

感想

ロシア語通訳者の著者による食についてのエッセイ集。三部構成となっており、第一章は、主にロシア関係のエピソード。第二章は、童話などに登場する食べ物についての考察。第三章は、著者の個人的なエピソードや日常の中での考察となっている。章を追うごとに面白さがトーンダウンしていった感は否めないものの、第二章では語学だけにとどまらない文化研究的な教養を、第三章では「ロシア人の必須教養」だという小咄的な上手い話のまとめ方を見せており、読ませる文章だった。

表題の「旅行者の朝食」とは、旧ソ連時代に流通していた缶詰のことである。名前からして携行食なのだが、これがとっても不味い“社会主義の産物”であったらしい。ロシアの人々にとってあまり良い思い出とは言えない「旅行者の朝食」なのだが、小咄のオチにこれが登場すると、特に面白い話でもないのに彼らは爆笑するらしい。その理由が知りたくて突き止めるという話である。「旅行者の朝食」の正体は分かったが、笑いどころは分からないままである。

この話の構造は他のエピソードにも共通している。著者がロシア人と交流や童話を読む中で抱いた食事についての「謎」という程でもない謎を解き明かす。「よくそんなことについて調べてみようと思うなあ」とか「調べてみればちゃんと分かるものなのだなあ」と三十郎氏は感心するわけだが、言葉を学ぶということは、より広範にその国の文化を学ぶことなのだろう(これは同時通訳で困った時のエピソードにも現れている)。(主に食事についての)好奇心旺盛であったからこそ、著者はロシア語通訳の第一人者となったのかもしれない。

旅行者の朝食」は食べてみたくならかったが、本書に登場する中で気になるのは「ハルヴァ」なるお菓子である。ロシア人のイーラに“一口”食べさせてもらった著者はその虜となり、以来、彼女はロシアを訪れる度にハルヴァを探し求めるが、“あの味”に出会うことは叶わない。イスラム圏のお菓子だというハルヴァが旧ソ連圏にとどまらない文化であることが判明し、あらゆるレシピを試してみるも、どうしても“あの味”にならない。一つのお菓子の味が全世界のイスラム圏を結びつける、なんとも壮大な話であった。

他にも、今やロシア人の食生活とは切っても着れない関係となったジャガイモが根付くまでに壮大な歴史があったり、ウォッカについての面白い言い回しがあったりして(「飲んでも死ぬ、飲まなくても死ぬ、どうせいつか死ぬ運命ならば、飲まないのはもったいない」「ウォトカのビンから射す妖しい後光が見えない者にはロシアについて語る資格がない」)、ロシア関係の話は大体楽しかった。

旅行者の朝食 (文春文庫)

旅行者の朝食 (文春文庫)