オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『とてつもない失敗の世界史』トム・フィリップス

HUMANS: A Brief History of How We F*cked it All Up/Tom Phillips

概要

ぽんこつな人類のぽんこつな失敗の歴史。

感想

木から落っこちて死んだルーシーが我々のご先祖様となって以来、人類は大きなものから小さなものまで絶え間なく失敗し続けてきた。本書は人類の間抜けな歴史がイギリス人らしい皮肉の効いた筆致で綴られた一冊であり、「人間というのは失敗する生き物なのだ」と少し気持ちを軽くしてくれる。歴史から学ばず失敗を続ける人類を前にして憤慨したり絶望したりするよりも、「人間なんて自分たちが思っている程高等な生き物ではない」と割り切ってしまう方が生きやすい(その対価として「人類は間違い続けるし、問題も解決しない」という諦めが必要であり、著者の主張からはズレている)。

第1章『人類の脳はあんぽんたんにできている』では、どういうわけだか人類が進化の過程で「認知バイアス」を獲得してしまい(その方が生き残るのに都合がよかったらしい)、それが後に犯すこととなる数多の失敗のもとであることが記されている。「確証バイアス」や「ヒューリスティックス」といった用語は、行動経済学を勉強したことがあれば馴染みのあるものだろう(他には「バカほど自己評価が高い」という「ダニング=クルーガー効果」も重要)。著者は「選択のバイアス」を「もう選択はなされたのだから、選択は正しかったに決まっているではないか、なぜなら選択をしたからだ」と、まるでどこぞの大臣かのようにセクシーに説明している。これを読んで某大臣を腐すこともできるだろうが、皆似たようなものなのである。彼のように誰からも馬鹿にされてしまうような発言をせずとも、人は多かれ少なかれ同じ傾向を持っている。単なる汚水でしかなかったポリウォーターに世界中の化学者たちが熱狂したエピソードからも分かるように、賢いはずの人たちですら人間のぽんこつな習性からは逃れられないのだから。

こうした人類が“進化によって獲得した能力“が道を誤らせた事例が、「環境」「生物」「専制君主」「民主主義」「戦争」「植民地支配」「外交」「テクノロジー」といった分野からピックアップされている。どれも本当に“とてつもない失敗”ではあるのだが、文章がユーモアに満ちて楽しい。一歩引いたところから眺めるそれらの醜態は、「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇」の如しだった。人類があまりにも懲りずに失敗を繰り返すため、ヘーゲルの「歴史は繰り返す」にマルクスが「一度目は悲劇、二度目は喜劇」と加えた話を思い出したりもする(『複製された男』で知っただけなので文脈は知らない)。日本語訳も読みやすく、ヴェネツィア共和国の総督「Doge」に対する「ネットで犬を『イッヌ』と呼ぶように」といった意訳と思しき訳のおかげもあって、柔らかい文章の雰囲気がそのまま伝わってきた。

多くの失敗に共通しているのは、「予測の難しさ」である。川の流れを変えてみればアラル海が干上がり、外来種を持ち込めば生態系がメチャクチャになる。何かの目的を達成しようとすると、その副作用で思いも寄らなかった(もしくは何らかの理由で指摘を無視した)酷い事が起こる。「地球」というものは、人類が支配できる範疇にないのだ。中学生の頃に英語の授業でリョコウバトの絶滅について読んだ覚えがあるのだが、逆にシェークスピアのファンがニューヨークに持ち込んだムクドリが100羽から2億羽に大繁殖して飛行機を墜落させたりもしていて、本当に何が起こるのか分かったものではない。

もっとも、予測が難しいのは自然相手だけではない。人間というのもまた摩訶不思議な考え方をするものである。ナポレオンとヒトラーに共通する失敗は「ロシアに攻め込んだ」という点なのだが、それは「敵が思った通りに動いてくれなかった」ことに起因している。『外交』の章では「一、人を信用するのは良いことだ」「二、しかしほどほどに!」と記されているように、人間が相手だと構成要因が複雑過ぎて理解を超えているのではなく、勝手な思い込みが失敗に導いている。失敗のスケールの大きさに思わず笑ってしまうのは自然環境の方だが、人間相手の話はその滑稽さが際立つ。

民主主義についても面白いエピソードがあった。かつてテキサスはメキシコの領土であった。メキシコ政府はアメリカの西部拡大を食い止める緩衝地帯が欲しくて、自国領のテキサスにアメリカからの入植者を呼び込んだ。“リベラル”な政策である。ところが、エンプレサリオと呼ばれる入植者たちが政治的な影響力を持つようになってしまう。これに焦ったメキシコ政府は権威主義化して移民を弾圧しようとするが、後の祭りでテキサスの独立を許してしまう。どこかで聞いたことのあるような話である。やはり歴史は繰り返す。

とてつもない失敗の世界史

とてつもない失敗の世界史