オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『天才作家の妻 40年目の真実』

The Wife, 100min

監督:ビョルン・ルンゲ 出演:グレン・クローズジョナサン・プライス

★★★

概要

ノーベル賞作家の正体はゴーストライターの妻。

短評

グレン・クローズが、なんと“7度目”となるオスカーの“ノミネート止まり”を味わった一作(流石に功労賞で獲ると思っていた。受賞は『女王陛下のお気に入り』のオリヴィア・コールマン)。“夫に作品を奪われた妻”という勧善懲悪的な構図でありながらも、そう簡単には割り切れない複雑な夫婦の関係を見事に演じている。彼女の複雑な胸中が、そのまま映画の面白さとなっていた。なお、二人が出会ったのが58年、受賞が92年なので、四捨五入しても「40年」にはならない。

あらすじ

1992年、コネティカット州に住む作家ジョゼフ・キャッスルマン(ジョナサン・プライス)にノーベル財団から受賞決定の一報が届く。浮かれてはしゃぐジョナサンとは対称的に、妻のジョーン(グレン・クローズ)はどこか冷静だった。ストックホルムへと飛び、授賞式が迫る中、ジョーンは夫の受賞に対してますます複雑な思いを募らせていく。実は、彼女こそがゴーストライターとして作品を執筆した“ノーベル賞作家”だったのだ。

感想

ジョーンが夫や男性社会の純然たる“被害者”であれば、実話でもない限りは面白くならなかっただろう(「1992年のノーベル文学賞」と具体的に指定されると実話っぽいが、92年の受賞者はデレック・ウォルコット)。二人の関係はそこまで単純なものではない。二人の複雑な関係そのままに、ジョーンの複雑な胸中が揺れ動くドラマに仕上がっている。

妻が夫の名で執筆していたのは事実である。ただし、“100%がジョーンの作品”だったかと言えば、それは少々怪しいところ。全ての作品がどうなのかは分からないが、少なくとも最初の作品では、“夫の考えたストーリーを妻が直す”という形で執筆している。ジョーンはこれを「あなたの仕事はただの編集者」と切って捨てるわけだが、彼女が一人でノーベル賞級の活躍が出来たのかは疑問が残る。

また、先輩女性作家の「女性作家なんて売れないわよ。やめときなさい」という忠告がジョーンに影響を与え、出版社や批評家の男性作家優遇という時代的事情が描写されているものの、ジョゼフの伝記を書こうとしているナサニエルクリスチャン・スレーター)が「活躍した女性作家もいる」と指摘いるように、「女性は書いてはいけない」と言われたり、「女性作家だから絶対に売れない」という時代は既に終わっている。三十郎氏が最近読んだものだけでも、『フランケンシュタイン』は1831年にメアリー・シェリーの著作として改訂され、『若草物語』は1868年に出版されている。その上、本作の舞台となっている1992年の翌年には、トニ・モリスンというアメリカの黒人女性作家がノーベル賞を受賞している。本人に意志と能力があれば、“自分で書けた”のだ。

恐らくジョーン自身には“自分が全てを生み出したわけではない”という自覚があったのだと思う。しかし、作品が生み出す全ての栄誉を一身に浴するのは夫であり、「本当は自分が書いたのに」という自負との間に軋みが生じる。夫が浴びる喝采が大きくなるほど、“影”に徹している自分の報われなさに苛立ちが募る。そのやり切れない気持ちが、ノーベル賞という人生で最大級の晴れ舞台を控えて爆発するのだ。“影”のままでいられたなら耐えられたかもしれないが、スピーチで「妻なくして受賞はありえません」などと白々しく言われてしまうと、「ちーがーうだーろーっ!」である。

したがって、“悪辣な夫から愛する作品を取り戻してハッピーエンド”という安易な展開にはならない。“作品”や“栄誉”といった面では反感を抱いていても、ジョーンには“夫に惚れてしまった弱み”がある。おまけに、自分が妻子持ちの既婚者だったジョゼフを寝取った過去があるため、夫が浮気し放題なのも因果応報の感がなくもない。しかも、その浮気の“おかげ”で書けたという側面すらある。この夫婦は、あらゆる意味で共依存の関係なのだ。それもかなり歪んだ形の。自分で書いてもいないのに無邪気に喜ぶジョゼフの姿にはサイコパス感があったが(受賞決定時と最初の作品が売れた時の喜び方が同じなので、ジョーンはそれも含めて愛していたのではないか)、彼を“悪役”として描くだけで終わらない点が、ジョーンの“作家”ではなく“妻”という性質を象徴していただろう。

ノーベル賞受賞者の裏側的な描写が見られるのも面白かった。受賞の連絡が早朝にあるのだが、ノーベル財団は時差を考慮してはくれないらしい。連絡時間で受賞者が分かってしまうのを避けているのだろうか(それとも事務局の勤務条件的な理由か)。連絡は電話であるのだが、電話番号は誰から聞き出しているのだろう。聞かれた関係者が本人に「候補者になってますよ」と教えたりするのだろうか。

受賞連絡を待っている間に“不安を紛らわせるためだけのセックス”をし(一応は作家らしく言葉責めが多い)、若い女性カメラマンのリネア(Karin Franz Körlof)を口説きと、ジョゼフの現役ぶりが凄い。これで心臓に疾患を抱えているとなれば、腹上死もありえただろう。「ノーベル賞作家 授賞式後に愛人の部屋で死去」の見出しが新聞に躍れば、ノーベル賞以上の伝説になれただろう。

若い頃のジョーンを演じたアニー・スタークは、グレン・クローズの実娘なのだとか。言われてみれば似ているような(観ている間は気付かなかったけど)。

天才作家の妻 -40年目の真実-(字幕版)

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  • 発売日: 2019/08/28
  • メディア: Prime Video