オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ザ・クレイジーズ 細菌兵器の恐怖』

The Crazies/Code Name: TRIXI, 103min

監督:ジョージ・A・ロメロ 出演:W・G・マクミラン、レイン・キャロル

★★★

概要

田舎町で細菌兵器が流出する話。

短評

ジョージ・A・ロメロのゾンビが出てこない感染症映画。感染症の症状が非常に特徴的であり、なおかつ感染症的でないという一作である。人と人との争い(軍vs住民)が中心に据えられているのだが、住民側は抵抗のために戦っているのか発症して暴れているのか分からないし、軍の方も事態の収拾を目指しているのか適当に殺しているだけなのか分からない(火事場泥棒していたりもする)。人は大きな問題に対して“正しく”対応することができず、それを切っ掛けに見苦しい内面が露見することを捉えた、鋭い視線を持ったホラー映画だった。

あらすじ

エバンズシティに住む農家の男が突如として発狂し、妻を殺して家に火を放つ。消防隊員のデヴィッドらが消火活動に当たる一方で、町には防護服を着た軍隊が大挙して押し寄せていた。男の発狂の原因は細菌兵器の流出であり、それは墜落機から川に流れ込み、更に飲用水へと混ざり込んでいた。即座に住民の隔離と町の封鎖が敢行されるが、政府はウイルス流出の事実隠蔽を図ろうとする。

感想

「細菌兵器」とあるが、「ウイルス」と言われていたのでウイルスなのだろう。その違いは大したことではなく、本作の特徴は症状が“発狂”という点にある。発狂って……。中には倒れて死ぬ者もいるが、ただ「発狂」と言われても、感染者と非感染者の区別がまるでつかない。住人たちは暴れてみたり、陽気に踊り狂ってみたりするが、この理由が感染にあるのか緊迫した状況にあるのかが分からない。

したがって、リアル路線の“感染症の恐怖”的な話とは異なり、「もう何でもいいから全員捕まえて隔離場所に押し込んでおけ!」という話になる。感染者の区別ができないことによる“不信”の要素がありはするが、メインは軍と住民の戦いにある(なんとかしてくれそうな研究者も混乱に巻き込まれて死ぬ)。感染症を切っ掛けに人と人が争うようになるという視点は非常に鋭いが、ウイルスや症状の扱いが雑だった感は否めない。感染症を描いたというよりも、何かのメタファーとして捉えるべきだったのか。キャシーが父親にアレされかけるシーンなんかは、欲望の発露のような側面があったように思う。

感染症の収束には市民の協力が不可欠である。それでは、お上の指示に大人しく従っておけばそれでよいかと言うと、そうもいかないのが難しい。政府と市民との間には情報の非対称性や選好の乖離があるし、そもそも政府が“正しい”対応をしてくれるとも限らない。序盤で非常に細かいカットの切り替わりが多用されており、事態の収拾に当たる政府や軍の混乱がよく表れていた。また、政府上層部では「核で焼き払おう」という意見が早々に登場し、明示はないものの実行されたと思われる。個人が自由に振る舞っては解決が遠のくが、政府に任せると個人が蔑ろにされる。

軍に抵抗すべく戦っているのか、それともウイルスの影響で戦っているのかがよく分からない住民たち。抵抗する住民の中に“編み針で兵士を刺す老婆”や“ホウキで草原を履く女”がいたのだが、彼女たちは発症していたということでよいのか。なんともシュールな光景だった。

日本人であれば、「町の皆さんは全員ここに集合してください」と言われれば大人しく従う人が多そうだが、独立精神旺盛なアメリカ人が相手だとそうもいかない。しかも、彼らは銃を持っている。果たして我々日本人は刀狩り以降武器を取り上げられ続けたことによって反抗精神を失ってしまったのか。それとも元々ないから大人しく取り上げられ続けてきたのか。それはともかく、権力が何かを強制する際に、対象が武力を有しているのか否かで難易度が大きく変化すると思った。

ザ・クレイジーズ 細菌兵器の恐怖(字幕版)

ザ・クレイジーズ 細菌兵器の恐怖(字幕版)

  • 発売日: 2020/06/01
  • メディア: Prime Video