オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『美術館を手玉にとった男』

Art and Craft, 89min

監督:サム・カルマン、ジェニファー・グラウスマン、マーク・ベッカー 出演:マーク・ランディス、マシュー・レイニンガー

★★★

概要

贋作師兼慈善活動家の話。

短評

作品を金儲けに使わない贋作師の姿を追ったドキュメンタリー映画。痩せぎすで猫背の贋作師マーク・ランディスは“いかにもな芸術家的変人”といった雰囲気で、劇中の「行為そのものがアートのようだ」という言葉の通りの様相を呈している。この現代アート的な構図から何を読み解くべきなのかは分からないが(その点も含めて現代アートっぽい)、ただ彼の風変わりな姿や行動、そして彼に振り回される人々を眺めているだけでも不思議と楽しかった。何か強いメッセージを受け取れずとも、「こんなへんてこな出来事があった」という事実だけで楽しめる類のへんてこぶりなのだった。

あらすじ

全米20州、46の美術館に、30年間に渡って、100点以上もの贋作を“寄贈”し続けてきた男マーク・ランディス。美術館職員のレイニンガーが同一作品が複数存在することに気付き、フィナンシャル・タイムズ紙が取り上げて一躍有名となる。

感想

「贋作」という言葉には「詐欺」の悪いイメージが付随する。それは贋作が“人を騙して金儲けするために”制作されるからだろう。この目的がない場合、贋作ではなく「模写」という言葉が使われるように思う。しかし、ランディスは紛れもない贋作師であり、“金儲け”はしないが“人を騙す”。これが彼の存在を特別足らしめている。「一体どうしてそんなことを?」と興味を惹くし、金を取らないことで「騙される方が悪い」という感覚が生まれ、人を騙しているのにどうにも憎めない。

この「騙される方が悪い」というのは、法律上の扱いも同じらしい。騙された美術館職員は「これは詐欺。彼は刑務所か病院に入るべき」と恨み言を漏らすが、法律上の「詐欺」は、“人を騙して利益を得る”行為を指す。ランディスは(少なくとも金銭的には)何も利益を得ていないのだから、「詐欺罪」には問えないのである。

なんとも不思議な男ランディスだが、その“いかにもな変人っぽさ”は精神障害に起因している。若い頃に統合失調症の告知を受けて入院生活を送り、今もメンタルヘルスケアサービスに通っている。障害の受容や父との死別が彼の行動に影響しているのかもしれないし、ただ自分の贋作が展示されているのを見るのが好きなだけなのかもしれない。三十郎氏に言わせれば、彼は彼で好き勝手にやっているだけである。しかし、観客がそこに“何らかの意味”を、これまた好き勝手に見出だしたくなってしまう辺りが現代アート的なのだろう。ランディスという人物はあまりにへんてこなので、“意味”という形で説明を求めてしまう。これを彼が“意図せず”して行ってしまっている辺りが非常に面白い。

ランディスの贋作に気付いたレイニンガーの人物像もまた面白かった。彼はランディスを追うことに夢中になるあまり職を失い、“主夫”になっている。彼にとってランディスは“許すべからざる詐欺野郎”のはずなのだが、一方で彼に惹かれている部分もある(娘ケイティに「パパはランディスに夢中」とからかわれる場面が微笑ましかった)。これまた不思議な関係である。そんな彼がランディの個展で対面を果たすシーンが印象的である。何を話すべきか迷い、ランディスの反応が気になって仕方のないレイニンガーに対し、特に気にかける様子もなくいつもと同じく飄々としているランディス。この時のレイニンガーの“どうしてよいのか分からない感じ”がなんとも滑稽で、悲哀に満ちていた。

会う人皆から「自分の名前で作品を作ればいいのに」と勧められるランディスだが、それは“違う”のだろう。彼は自身の活動を「工作」と称しており、我々が「創作」として知る行為とは異なる。その工作の何たるかは、ランディスのみぞ知るところである。

ただ、贋作の制作以外には全く興味がないというわけではないらしく、公式サイトで肖像画の制作を請け負っている。三十郎氏でも手が出せなくもない価格なのだが、これだけ有名になると依頼が殺到したりしないのだろうか。もしこのサイトがランディスの名を騙っているだけだとしたら、それはそれで面白いのだが(本人も文句を言うまい)。

美術館を手玉にとった男(字幕版)

美術館を手玉にとった男(字幕版)

  • 発売日: 2016/09/21
  • メディア: Prime Video