オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『楊家女将伝 〜女ドラゴンと怒りの未亡人軍団〜』

楊門女將之軍令如山(Legendary Amazons), 107min

監督:フランキー・チェン 出演:セシリア・チャンリッチー・レン

★★

概要

戦争で夫を亡くした未亡人軍団が戦いに挑む話。

短評

この邦題に加えて、「ジャッキー・チェンに!なにがおこったのか!!!」のキャッチコピー。とてつもなくキワモノな(それも80年代辺りの)B級映画を期待するところだが、大量のエキストラを使って壮大なスケール感で撮影されており、「B級」とは言えない予算規模の作品である。だからと言って映画が面白いかと言えばそうでもなく、ミュージカル映画の歌と踊りくらいのノリでひたすら戦闘シーンばかりを見せられ、(人数が多すぎるのもあるが)未亡人軍団の顔と名前も把握できぬままに、誰だか分からない女が死んでいく。映像的には見所の連続のはずなのに、心理的に何も盛り上がらないまま映画が終わった。 

あらすじ

宋の時代の中国。夫楊宗保の部隊が全滅したとの一報を受けた妻・穆桂英と楊家の女たち。女たちは皆戦乱で夫を亡くしており、その上、宗保の息子で楊家唯一の男子・文広が後任に召し出されてしまう。1万の兵で10万の兵に立ち向かう無謀な戦いと一族存亡の危機を前にして、楊家の未亡人軍団が戦地へと乗り込む。

感想

OPクレジット時に未亡人が使用武器(と本名)と共に紹介されるものの、とてもじゃないが覚えられない。未亡人たちは「一郎、二郎、三郎……」的にナンバリングされているものの、「大娘、二娘、二娘、三娘……」と言った具合で、数字以外がある上に、同じ数字まであって混乱する。その上、宗保の母・六娘が数字の小さな娘たちよりも老けていて、関係性がよく分からない。

これがよく分からないまま映画を観終えたのだが、主要人物の5人──一家の長老的婆さん・余太君、戦場で散った宗保、その母・六娘、宗保の妻・桂英、彼らの息子・文広さえ覚えておけば問題ない程度の雑な話だったように思う。というよりも、話が駆け足過ぎて、他の人はただ“戦っている”ということしか分からず、誰が誰だか分からないまま「○○~!」と叫ばれつつ死んでいくだけである。

ちなみに後で調べてみたところ、このナンバリングは、楊家の長男の嫁が大娘、次男の嫁が二娘という方式なのだとか。つまり、次男は一夫多妻の好色漢であり、六男は熟女好きということになるらしい。

アクションシーンが非常に多い一作なのだが(宗保が実は生きていて……という展開以外はほとんど戦ってばかりいる。誰なのか分からない人が)、「ジャッキー・チェン製作」の言葉から期待されるようなキレのある動きや工夫は見られなかった。ワイヤーの利用が丸分かりなのはともかく、皆アクションが専門でないのか動きが重い。ちょうどジャッキーが活動拠点を香港から中国本土に移した時期と本作の制作時期が重なるため、中国映画界とのコネ作り的な側面もあったのではないだろうか。ホッピング的な機構を備えた竹馬の登場や(本当にあったのかは分からない)色々な当時の兵器が出てくるのは楽しかった。

しかし、アクションの量に対して質が伴っていないのと同じく、歴史劇としてのディティールは明らかに弱い。セットや小道具がチャチなのである。まるで金属っぽくない金属で作られた安っぽいデザインの盾や甲冑を筆頭に、小道具の出来は酷いものだった。これは興を削がれる。アメコミ映画がギリギリのラインで現実に沿ったデザインのスーツを用いているのに対して、本作は日曜朝の特撮に出てくるスーツを映画に持ち込んでしまっている感じである。木まで木じゃないのは笑うしかなかった。

崖の向こう側に弓矢で鎖を渡し、即席の橋を作るシーンがある。二列になった鎖を男兵士が進み(明確に「男ども、橋を作れ」と性別指定で命令されている)、腹這いになって“肉の足場”を形成する。ここで長老婆が「これくらい平気よ」と自信満々に橋を渡っていくのだが、大変なのはあんたじゃなくて足場の兵士たちだぞ。この婆さんが一家の作戦担当なのだが、知将と呼べるほど有能には見えなかった。

理不尽な戦いを押し付けられるも、「これは名誉!」と最後まで命令に背かない楊家。「こんな戦いは間違っている!」と“お上”に対する戦いを挑んでもよさそうな展開なのだが、そうはならない。これが当時の中国における価値観だったのだろうか。それとも現代中国のプロパガンダなのだろうか。

楊家女将伝 ~女ドラゴンと怒りの未亡人軍団~ (字幕版)