オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『イエスタデイ』

Yesterday, 116min

監督:ダニー・ボイル 出演:ヒメーシュ・パテル、リリー・ジェームズ

★★★

概要

売れない歌手がバスに轢かれてビートルズの存在しない世界に転生する話。

短評

「もし世界にビートルズが存在しなかったら?」というアイディアに対してあまり真面目に構えすぎることなく、SF的な深堀りも全くない、非常に軽いノリのコメディ。細かい点を難しく考えることなく、「やっぱりビートルズの曲は素敵だよね」と再認識するくらいがちょうどいい物語である。これは少々物足りなくもあるが、SF方面を強調すればそれだけで二時間の枠に収まらず、盗作の倫理問題を強調すればビートルズとは無関係な話になる。最後は愛である。近頃流行りの音楽伝記映画に比べると音楽的な盛り上がりは薄いが、知っている曲が遥かに多くて楽しい。それでも知らない曲があったりして、演出の元ネタまで含めて「知っていれば楽しめる」という部分にはかなり見落としがありそう。

あらすじ

スーパーの品出しバイトをしながら売れない歌手業を続けているジャック。幼馴染兼マネージャー兼ドライバーのエリー(リリー・ジェームズ)は「奇跡は起こる」と励ますものの、彼は夢を諦めようとしていた。友人と子供しか観客のいない小さなフェスに出演した日の帰り道、世界中で12秒間の停電が発生し、ジャックはバスに轢かれてしまう。退院した彼が“生還祝い”にもらったギターで『イエスタデイ』を弾くと、友人たちは誰もその曲を知らず、世界からビートルズの存在が消え去っていた。

感想

ビートルズの存在しない世界では、その直系フォロワーであるオアシスの存在も消えていたが、ビートルズ以前より存在するコカ・コーラやタバコも消えていたりして、彼らの文化的音楽的影響が厳密に考察されているわけではない。主人公の盗作に対する罪悪感も薄く、人によって曲に対する反応が違う描写(=現代でも同じようにウケるのか否かの問題)も重視されない(これは「ビートルズの曲であれば必ずや誰かが魅力を見出す」という演出に見えなくもない)。

結局はロマンス重視の決着で、「ビートルズそのものよりも『All You Need Is Love』だぜ!」と名曲の力に全乗っかりである。それでいいんだよ。リリー・ジェームズが可愛いし。健気だし。彼女に報われてほしいではないか。果たして盗作の告白ついで愛を告白された彼女の胸中やいかに……というところだが、オアシスなき世界で少年時代に『Wonderwall』を歌ったジャックもまた愛するに足る人物へと改変されているのかもしれない。

ビートルズ不在の影響を少々軽く見積もった物語の中で、興味深かったのはプロデュース側の描写である。ジャックはビートルズの歌詞とメロディを流用しているのだが、レコード会社を通して世に発信されるとなると、その形を変えることになる。アルバムタイトルが変更されたり、『Hey Jude』が『Hey Dude』になったり。ジャックは曲の素晴らしさによって成功を掴むが、その曲がそのままビートルズの曲というわけではない。ビートルズのメンバー四人の化学反応によってのみ生まれた要素もあるだろうし、もし四人が揃っていても時代が異なれば同じ曲は生まれなかったはず。「あの時代に、あの四人が」という“奇跡”の要素を放棄していない辺りが、本作のビートルズに対する最大の敬意だったと言えるだろうか。EDで流れる“ビートルズの”『Hey Jude』を聞きながら、観客はそのありがたみを噛みしめるのだ。

終盤の展開は全てご都合主義が過ぎる気はするものの、映画の落とし所としてはギリギリ妥当なところか。ジャック以外にビートルズを覚えている二人の反応には拍子抜けしたが、「二度とビートルズの曲を聞けない」というのは確かに寂しい。自分に演奏能力がなければ尚更である(それでも嫉妬心は残るだろうが……)。この展開を好意的に捉えるならば、ビートルズの曲が世界中の人々の共有財産と言えるまでに愛されているという認識の表出だろう。

彼らの善意に応える形で「実は盗作でした。だから全曲をフリーで公開します」というラストは、ジャック本人は気が晴れたとしても、聴衆たちは「ジョン?ポール?リンゴ?ジョージ?誰それ?」状態で納得できないだろう。関係者はジョン(外見が本人そっくりで気付かなかったが、演じているのはロバート・カーライル)と同じく精神科受診を勧めるはずである。また、デブラ(ケイト・マッキノン)たちからの損害賠償請求も凄いことになるはずなので、描かれている通りのハッピーエンドは決して訪れまい。

そして、「僕は二番目でもエリーが幸せならそれでいいよ」と言ってのける聖人枠のご都合主義者ギャビン。彼が非常に気の毒に感じたのだが、美人のルーシー(エリス・チャペル)とちゃっかりくっついているようなエピローグがあってどうでもよくなった。世界には愛が溢れていると、改めて『All You Need Is Love』の力を借りてまとめたつもりなのか。

エド・シーラン本人が大物として出演しているのだが、三十郎氏の音楽の知識は2010年辺りで止まってしまっているため、恥ずかしながら「誰?」状態である。調べてみると『ホビット 竜に奪われた王国』のED曲『I See Fire』の人とのこと。あれは良い曲だった。

英語で「一夜限りの関係」は「one-night stand」。

イエスタデイ (字幕版)

イエスタデイ (字幕版)

  • 発売日: 2020/04/08
  • メディア: Prime Video