オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『バイス』

Vice, 132min

監督:アダム・マッケイ 出演:クリスチャン・ベールエイミー・アダムス

他:アカデミー賞メイクアック&ヘアスタイリング賞(グレッグ・キャノム他)

★★★

概要

第46代米副大統領ディック・チェイニーの権力掌握術。

短評

ジョージ・W・ブッシュ政権で副大統領を務めたディック・チェイニーの伝記映画。ウィル・フェレルが主演するような阿呆なコメディ出身のアダム・マッケイが監督なだけあって、ドロドロしていそうな政界ドラマが非常にコミカルに、そして分かりやすく描かれていた。アメリカ現代政治史の誰もが知っているレベルのイベントにおけるチェイニーの位置付けや立ち回りを端的に理解できる。「チェイニーが悪いからこそ笑える」という本当は笑えないはずの構図なのだが、それを笑わせてしまう手腕はお見事である。クリスチャン・ベールを筆頭に各出演者の変身芸も、そっくり過ぎて思わずフフッとなる。

あらすじ

1963年、ワイオミング州。イェール大学を中退し、酒浸りの建設作業員生活を送っていたディック・チェイニークリスチャン・ベール)。恋人のリン(エイミー・アダムス)に「このままなら別れる」と尻を叩かれて一念発起。ラムズフェルドスティーヴ・カレル)付の議会スタッフとして政界に関わりはじめたチェイニーは、首席補佐官、国防大臣を経て、ジョージ・W・ブッシュサム・ロックウェル)政権で副大統領となり、アメリカをイラク戦争へと導いていく。

感想

本作を通じて観客が考えるべき問題は多岐に渡るが、映画自体は二つの意味で“普通に楽しめる”ように作られている。一つ目は、そのコミカルさである。一般的に政治というものは、小難しくて興味を持たれにくいが、コメディであれば万人がとっつきやすい。そのコメディを成立させる二つ目が、分かりやすい悪役の設定である。「イラク戦争は間違いだった」というのは既に共通理解となっており、それを主導したチェイニーは“悪”である。

したがって、彼や関係者をどんなに悪し様に描くことも許されてしまう。つまり、「ブロフェルド」みたいな漫画的ヴィランが“偉業”に向かって突き進むブラック・コメディとして観られてしまうのである。「こいつのやる事は全部悪い」という分かりやすさである。「アメリカでは拷問が違法だから拷問は存在しない」の一言だけでも、「悪い」ことがそのまま笑いとなっていることが分かる。レストランのメニューと偽EDロールのネタが好きだった。

フィクションだと大統領が死んでよく昇格する副大統領だが、そもそもが緊急登板用の形式的な職位であり、ラムズフェルドやパウエルといった当時の大臣たちと比べてもチェイニーは影の薄かった印象がある。そんな彼が、妻リンが「一家の面汚し。残念な子」と評する阿呆なブッシュJr.の背後で実務を掌握し、法解釈を歪め、正当な根拠なくイラク戦争開戦を主導する。

根本的な問題は「一元的執政府論(Unitary Executive Theory)」という権力の集中にあると思うが、ハリバートンなる石油会社のCEOから副大統領に転身した男がイラク戦争へと誘導したという事実の方が、彼が何をしたのかが分かりやすいだろう。本作もその点をチェイニーの悪行を理解する切り口として利用していたように思う。権力への執着は間違いなく大きな動機だろうが、その権力を利用して実際にやったことは金儲けである。もっともこれは「鶏と卵」の関係ではあるが。

「金儲けのために何だってできる人間が存在する」という事実は確かに怖ろしい。そして、「何だってできる」を実現するために権力を集中させるのも怖ろしい。しかし、それだけでは動機の正しさが権力の集中を正当化するという帰結を導きかねない。たとえば、(もしそうならは戦争していないだろうが)チェイニーが石油利権に関わっておらず、純粋な正義感から権力を握って戦争へと突き進んだならば、それは許容されるのだろうか。そうでなくとも、「チェイニーは悪人だったから次は信頼できる人に任せよう」という安易な結論が導かれないだろうか。

金儲けという切り口は非常に分かりやすいのだが、諸刃の剣ともなりうるため、本質的な問題を見落さないように注意せねばなるまい。分かりやすさを自らの市民的怠惰を正当化する根拠にしてはいけない。これは我々が日々目にするニュースについても同じことが言えるだろう。「チェイニーはこんな悪いことをしたのか」と笑いながら観られる本作の親切設計はありがたいが、その悪行を可能としてしまった要素についてはもう少し踏み込みが欲しかったか。

EDロール途中のおまけ映像でトランプ支持者をバカにするサービスは少々幼稚なのではないかと思ったが、もしかして「事実を理解できればリベラル」と話すリベラル側も皮肉っていたりするのだろうか。映画ではリンから発破をかけられた後にOPクレジットが入り、その次のシーンでラムズフェルドのスタッフとなっているが、実際にはその間にワイオミング大に編入して政治学の博士号を取得している(Ph.Dウィスコンシン大)。ダメ男がいきなり“天職”にありついたわけではない。

そもそも冒頭に「不完全ではあるが真実の物語」と認めており(心臓移植のドナーって開示されるの?)、理解できた“事実”が切り取り方一つで変化することは制作者も承知のはず。イラク戦争に賛成するヒラリーも映っていたし、ブッシュ政権を貶して喜ぶ民主党支持者も嘲笑っていたりするのか。そうだとすれば皮肉が効いている。もっとも一番バカにされているのは「ワイスピ楽しみ」な庶民であり、彼らが変わらない限りは「国民に頼まれたことをした」という言葉をウソだと断定できない状況が維持され続ける。

変身の得意なクリスチャン・ベール。チェイニー本人についての印象がないのでどれ程似ているのかは評価できないが、写真を見る限りでは左側を上げる口角に至るまで完全再現だったように思う(悪人面として誇張はされている)。ラムズフェルドを演じたスティーヴ・カレルも、オスカーを獲得した特殊メイクの力を借りてそっくりに。ブッシュJr.役のサム・ロックウェルは、笑い方が似ていたように思う(彼もどんなに阿呆として描くことも許されているらしい)。エイミー・アダムスの老け込み方は少し物足りなかった(目に活力がありすぎる)。髪型を似せただけのライス役リサ・ゲイ・ハミルトンが最もそっくりだったか。

ところで、「vice」という「悪」と「副」の二つの意味を持つ非常に面白い単語だが、それぞれ語源が異なるそうである。前者の名詞は、ラテン語の「vitium(悪行、欠陥)」がフランス辺りで「vice」変化したものが英語に輸入されたらしい。後者の接頭辞は、これまたラテン語の「vice(代理の)」が英語に輸入されたらしい。同じ「vice」の綴りを持つ単語ではあるが、その成立過程は偶然なのだとか。「二番目の男は常にトップの首を狙っている」とかいう意味がないのは少しつまらないような気もするが、無関係な二つの意味を一つに繋げてしまったチェイニーの面白さというところか。

バイス (字幕版)

バイス (字幕版)

  • 発売日: 2019/10/09
  • メディア: Prime Video