オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ロミオとジュリエット』

Romeo and Juliet, 138min

監督:フランコ・ゼフィレッリ 出演:レナード・ホワイティング、オリビア・ハッセー

他:アカデミー賞撮影賞(パスクァリーノ・デ・サンティス)、衣装デザイン賞(ダニロ・ドナティ)

★★★

概要

敵対する名家の息子と娘が恋に落ちる話。

短評

シェイクスピア作品の中で(少なくとも日本では)最も人気の高い一作なのではないかと思うが、実は四大悲劇に含まれていない恋愛悲劇。何度か映画化されている中の1968年版である。とにかくジュリエット役のオリビア・ハッセーが可憐であり、当時16才の彼女がたわわに実ったおっぱいまで披露している(ちらっと一瞬ではあるが)。三十郎氏にとっての本作の魅力はその点に尽きると言えよう。

あらすじ

イタリアはベローナで権勢を誇るモンタギューとキャピュレットの二つの名家。両家は代々激しくいがみ合っていた。モンタギュー家の一人息子ロミオが友人たちとキャピュレット家の舞踏会に潜り込み、キャピュレット家の一人娘ジュリエット(オリビア・ハッセー)と出会う。二人はたちまち恋に落ちるのだが……。

感想

ストーリーは誰もが知っていて、何度も翻案されている通りであり、今更何かを書き残しておきたい思うような新鮮味はない。今回初めて本作を観たわけでもなく、『マザー・テレサ』で失墜したオリビア・ハッセーへのときめきを取り戻すための再見である。ジュリエットの表情や仕草の一つ一つが抜群の輝きを放っており、「ああ、やっぱり可愛いなあ」と目的を果たせた。ロミオ役は“小綺麗なザック・エフロン”といった印象で、オリビアの相手役としては平凡ではあるものの、三十郎氏にとってオリビア以外は添え物に過ぎないので問題ない。

「唇に罪が移ったわ」「では、お返しください」なんて「こいつら何言ってんだ」と恥ずかしくなってしまうような大げさな物言いには思わず笑ってしまうが、それがシェイクスピアの舞台劇である。当時の人々はどのような話し方をしていたのだろう。シェイクスピアの戯曲を観ていると、中世の人々が皆詩人であったかのように錯覚させられる。ロミオが様々な文学的表現を用いてジュリエットの美を讃えているが、「黒人の耳についた宝石」や「カラスの群れに交ざる純白のハト」は現代では使えないだろう。

この物語には三人の戦犯がいる。血気盛んなティボルトとマキューシオ。こいつらは死ぬ覚悟もないくせに、どうしてすぐに剣を抜きたがるのか。分別というものが足りない。彼らの決闘と無駄死がなければ、ロミオが追放されることもなかったろうに。マキューシオの死は「じゃれ合い的に喧嘩してたら本当に死んじゃった」というノリなのだが、彼らの履いているピチピチタイツが(本当は違うはずなのに)コント感を盛り上げている。

しかし、最大の戦犯はロレンス神父に他ならない。彼は“無能な働き者”の典型である。彼は「パリス(とんだ噛ませ犬で少し気の毒)と結婚させられちゃう!」と嘆くジュリエットに仮死薬を与えて悲劇的結末へと導く役回りなのだが、どうしてちゃんとロミオに事前通知しなかったのか。「こいつは上手いことを思い付いたぞ」と舞い上がっている場合ではない。この結末は必然ではない。神父がしっかりしてさえいれば防げたのである。これなら普通に駆け落ちした方がマシだったろうに。

また、ロミオの死体を発見した時には「私はこれ以上ここにはいられない!」とジュリエットを残して逃亡しており、再び無能ぶりを見せつける。彼が逃げなければ、少なくともジュリエットの命は救えただろうに。ああ、バカ神父よ。この男を何か刑法上の罪には問えないのだろうか。

一般に人はハッピーエンドを好むものだが、この悲劇が多くの人々にここまで愛されているのは何故だろう。三十郎氏は「ジュリエットが可愛い」という一点をもって悲劇だと認識できるものの、そうでなければ「阿呆な若者たちが自滅した話」で片付けているところである。出会ったその日に「結婚しようぜ!」と舞い上がってしまうバカップルが上手くいくはずもないことを考えれば、悲劇的結末によってのみ、その恋の美しさが成立するということになるのか。

ロミオとジュリエット (字幕版)

ロミオとジュリエット (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video