オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『穴』

Le trou(The Hole), 130min

監督:ジャック・ベッケル 出演:マーク・ミシェル、ジャン・ケロディ

★★★★

概要

穴を掘って脱獄する話。

短評

1960年の非常に硬派なフランス製脱獄映画。実際に起きた脱獄事件を元ネタとしており、出演者の一人(冒頭で「これは私の体験です」と話すジャン・ケロディ。雰囲気があり過ぎて俳優にしか見えない)は本当に事件の当事者なのだとか。淡々と穴を掘って脱獄を目指すシンプルな物語でありながら、スリルと人間ドラマを見事に両立させていた。また、作業の一つ一つが非常にリアルかつ詳細に描かれており、脱獄の“大変さ”をこれ以上なく体感できる一作に仕上がっている。

あらすじ

マニュ、ボスラン、ロラン、ジョーの四人が収監されているサンテ刑務所の一室に、未決囚のガスパールが新しく加わる。四人は脱獄の計画を立てており、素性の知れないガスパールを仲間に加えるか迷うものの、ガスパールもまた重罪で長期の収監が見込まれるため、目的は同じと仲間に引き込む。床に穴を開け、脱出ルートの確保を着実に進めていく五人だったが……。

感想

何と言っても脱獄の描写の“細かさ”である。「この問題にはこう対処する」という方法さえ示されていれば、その過程の描写をある程度省いても、観客は何があったのかを十分に理解することができる。しかし、本作は、コンクリの表面に傷をつけ、ヒビが入り、割れ、穴が開くといった一連の作業を全て漏らすことなく観客に披露している。“物語”を伝えるだけならば、これらの描写は過剰かつ不要だろう。しかし、この地味で大変な作業こそが“脱獄”なのである。これぞ正に脱獄映画と言えるだろう。

また、その作業の様子からはヒシヒシとした緊張感が伝わってくる。囚人たちをそれを顔に出さないが、バレる恐怖を押し殺して黙々と作業を進めていることが分かる。コンクリを打つ音、格子にノコを引く音。これらをあえて過剰なまでに響かせることで、リアリズムに徹している本作に心象風景としての性格が付与される。観ているこちらの方がハラハラする。淡々と進む物語のようでいて、非常にスリリングなのが観客を飽きさせない。

小道具も面白かった。歯ブラシの柄に割った鏡の破片を糸で取り付けた“潜望鏡”や(刑務所の歯ブラシは万能アイテム)、見回りの刑務官を誤魔化すために就寝中を偽装するからくり人形。後者の芸の細かさである。枕等に布団を掛けて人がいるように見せ掛ける描写がよく見かけるが、“動く囮”は珍しい。ロランが即席の“合鍵”を作るシーンがあるのだが、これは鍵というよりもピッキング的な簡易さであった。

地下水道の行き止まりに辿り着いてからはひたすら交替制(時間を図る砂時計の素材を盗むアイディアも良い)で穴を掘る展開となるのだが、ここからのドラマ要素がまた面白い。新入りガスパールは未決囚であり、訴えが取り下げられて釈放される可能性が示唆される。彼はその事実を隠して仲間たちと作業を続けるものの、もし訴えが取り下げられたならば、彼にとって脱獄計画はマイナスでしかない。脱獄とは別方向での心理サスペンスが成立するのである。また、ジョーは病気の母を理由に脱獄を諦めながらも命懸けで作業を貫徹しており、仲間意識や裏切りといった人間ドラマが静かに進行している。五人の絆のようなものを感じさせる脱獄譚だけに悲しい結末なのだが、あの状況でガスパールに他の選択肢はあっただろうか。

映画の冒頭でロランが「私の体験をジャック・ベッケルに映画化してもらいました」と語るので、三十郎氏は心のどこかで「脱獄が成功するのだろう」という思いを抱いていた。しかし、刑務所の外に出る方法は脱獄ばかりではない。長期刑を理由に脱獄を目指すロランの外見が“中”と“外”で変わっていないのは不自然かもしれないが、上手いミスリードになっていたと思う。

差し入れの品を雑に切り刻んでチェックするシーンで「おや?これは……」と思ったら、木製の床の下にあるコンクリートに穴を開け、格子を切断し、出口にはマンホールという一連の流れが、『グランド・ブダペスト・ホテル』の脱獄シーンそのものだった。差し入れだけならば「他に元ネタがあるのかも?」と偶然の一致を疑うところだが、これだけ揃っていれば間違いあるまい。祖母から妻へと“金持ちの女”を渡り歩いてきたガスパールのキャラクターはどことなくグスタヴに通じるものがあるし、元からいた四人組に彼が加わるという構図も同じである。『引き裂かれたカーテン』に続く嬉しい元ネタ発見の瞬間であった。

穴(1960)(字幕版)

穴(1960)(字幕版)

  • メディア: Prime Video
 
Trou (Folio Policier)

Trou (Folio Policier)

  • 作者:Giovanni, Jose
  • 発売日: 2002/01/01
  • メディア: マスマーケット