オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ある決闘 セントヘレナの掟』

The Duel, 110min

監督:キーラン・ダーシー=スミス 出演:ウディ・ハレルソンリアム・ヘムズワース

★★

概要

テキサス・レンジャーがメキシコ人大量殺人事件を追ってカルト村に潜入捜査する話。

短評

カルト宗教と親子二代の因縁という壮大な物語になりそうな設定があって、重厚そうな雰囲気が漂っているのに、実際にはズッコケな展開が待っている西部劇。面白くなりそうな要素を自ら否定していくタイプの一作である。ウディ・ハレルソンの話し方が実に南部の男らしくてハマっていると思ったら、本人がご当地テキサスの出身とのことで、そもそもあの特徴的な話し方が南部訛りなのか。彼のミステリアスな演技は嫌いではなかったが、いかんせん尻すぼみ感が酷い。

あらすじ

1888年テキサス州リオグランデ川に大量のメキシコ人の死体が流れ着くという事件が起こり、川の上流にあるマウント・ハーモンという町を支配するエイブラハム(ウディ・ハレルソン)という男が疑われる。事件の捜査を命じられたテキサス・レンジャーのデヴィッド(リアム・ヘムズワース)は、かつてエイブラハムと対立し、決闘の末に殺害された男の息子であった。

感想

エイブラハムは狂信的な宗教家である。「カルト」と「メキシコ人の遺体」。これはなにやらきな臭く、そしてドロドロとした事件を期待させる。町を訪れたデヴィットと妻マリソル(アリシー・ブラガ)を町民たちが意味ありげに見つめる姿からも、「何かヤバい真実を隠していますよ」感がプンプンと臭ってくる。

ところが、実際に行われていたのは「メキシコ人狩り」という純然たる金儲けのための行為であり、宗教的な要素はどこにもない。その上、死体が川を流れて事件が発覚したのも、「穴を掘って埋めるのが面倒だから」というポンコツ過ぎる理由。しょっぼ……。エイブラハムのミステリアスな雰囲気から期待するような“真相”はどこにも待っていないのである。納得できなくてもいいから、何でもいいから、“カルトらしい理由”をつけろよ。

「そもそも」とでも言うべきか、本作は結末以前に展開が穴だらけである。エイブラハムの“予知能力”とされる「新保安官がやって来る」という発言は、自らデヴィッドをスカウトすることで自己成就させている。そのエイブラハムの能力を信じて彼に傾倒するマリソルは、「留守番はイヤ!」と無理やりデヴィッドについて来ているので、大人しく留守番していればよかっただけ。そして極めつけは、マリソルからデヴィッドの情報を聞き出したと思しきエイブラハムが(分かってた風を装って)「いつか来ると思ってた」と宿命感たっぷりに対決ムードを盛り上げるも、デヴィッドは「知事に命令されて仕事で来ただけ」とそっけない返事。なんじゃそりゃ。映画的に面白そうな要素をことごとく自ら潰してしまっている。これでは面白くなるはずがない。

エイブラハムが予言の自己成就と同じタイプの“奇跡”を起こしそうなシーンがいくつかあったのだが、特に回収されることがなかったのも不満だった。彼に子無しであると語ったマリソルが教会での邪教的儀式に参加するシーン。エイブラハムが彼女にヘビを手渡す。どう考えてもそういうことである。種なしデヴィッドに代わってエイブラハムが……という状況である。また、マリソルが病に倒れたのも、エイブラハムが毒を盛って薬で治すという自作自演展開かと思ったら、特に何もなくマリソルが苦しんでいた。メキシコ人狩りが暴かれる以外にはインチキカルトが看破されることもなく、エイブラハムが町を支配できた理由もよく分からず、一体何のための設定だったのか分からない。

それでも宿命風を装って訪れる最終決戦。有利な状況にあるデヴィッドがあえて撃たれにいくような間抜けで不可解な描写も見られたが、“岩石落とし”のアイディアは好きだった。岩に脚を挟まれて『127時間』的絶体絶命の状況となったエイブラハムが、127時間待つことなく同作と同じ判断を即決する展開が笑える。躊躇いもなく、痛みも感じさせない物足りない切断シーンなのだが、切り終えた時の「イエス!」には思わず笑いが溢れる。ここで小者感を出すなよ。

冒頭と途中に二度登場する「ヘレナ式決闘」。お互いの左手を布で結び、右手に持ったナイフで戦う。これでは決闘に勝利しても失血死しそうなのだが、どこかに実在したルールなのだろうか。