オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『五日物語 -3つの王国と3人の女-』

Il racconto dei racconti - Tale of Tales, 133min

監督:マッテオ・ガローネ 出演:サルマ・ハエックヴァンサン・カッセル

★★★★

概要

子供が欲しい王妃と若返りたい老婆と結婚したい王女の三篇。

短評

『シンデレラ』等の元ネタとなったとされる17世紀イタリアの民話集『ペンタメローネ』の映画化作品。“本当は怖い童話”的なダーク・ファンタジーである。退廃的で美しく、そしておどろおどろしい世界観の内に、現代にも通ずる人間の欲望がもたらす結果が描かれている。独立した三つの物語が順番に消化されず、それでいて最終的に一つになりそうもないのが物足りないと途中までは感じていたのだが、各物語の結末の対比にこそ面白さが集約されていて納得した。ダーク・ファンタジーらしいクリーチャー造形の生々しさも好みだった。

あらすじ
  • ロングトリレス

不妊に悩む王妃(サルマ・ハエック)に怪しげな男(ネクロマンサー)が告げる。曰く、「海の怪物の心臓を処女に料理させて食べれば妊娠する」。怪物と戦った王(ジョン・C・ライリー)は命を落としたものの、王妃は無事に妊娠。処女フェニジア(ジェシー・ケイヴ)もまた同時に妊娠し、二人は瓜二つの息子──エリアスとジョナを産むのだった。

  • ストロンググリフ

美しい歌声を持つ老婆ドーラ(ヘイリー・カーマイケル)は、妹インマ(シャーリー・ヘンダーソン)と共に暮らしていた。好色家の王(ヴァンサン・カッセル)が彼女の歌声に聞き惚れて求愛し、正体を知らぬまま暗闇で交わるが、翌朝になると事実が露見して、ドーラは窓から放り出されてしまう。ところが彼女は魔女に助けられ、魔力により絶世の美女(ステイシー・マーティン)へと若返りを遂げるのだった。

王(トビー・ジョーンズ)はノミの飼育に夢中だった。巨大に育ったノミが死んでしまい、外の世界に出たいと願う王女ヴァイオレット(べべ・ケイヴ)の婿探しを始める。その方法とは、剥いだノミの皮の正体を当てさせるというもの。皆が正解できない中で鬼のような怪物男(オーガ)が見事に正答し、王である父を嘘つきにできないヴァイオレットは、鬼へ嫁ぐことを決心する。

感想

全三篇に共通しているのは、「多くの女性が当然に持っている欲望が皮肉な結果をもたらす」という醜さである。ロングトリレスの王妃は、子を望み、彼を溺愛したばかりに命を落とす。ストロンググリフの老婆は、権力者の寵愛──それを実現する若さと美を望み、それを手にできなかった妹に悲劇が起こる。ハイヒルズの王女は、素敵な婿殿との結婚を望み、実家から出たいと思っているが、父親のせいで最悪な相手と結婚する羽目に。いかにも童話的で教訓めいた、ある種の不条理さを持った話である。

「子供」「若さと美しさ」「結婚」。これらの欲望は現代においても多くの女性が有していることだろう。これが「あまり欲深いとろくなことになりませんよ」というだけであれば、映像が美しいだけの古臭い童話で終わってしまうところだが、本作の面白さはハイヒルズ編にこそあると思う。

これが“古典的”な童話であれば、きっと素敵な王子様が鬼から助け出してくれて、二人は幸せな結婚生活を送るに違いない。ヴァイオレットの救出に現れたサーカスの女(アルバ・ロルヴァケル)の息子がその例である。これが“割と最近”の童話であれば、怖ろしい外見の鬼が意外にも良い奴で、ヴァイオレットは彼の心の美しさに気付くだろう。彼女を追ってきた鬼を受け入れるかのように見える仕草がその例である。しかし、本作は“現代的”な価値観を披露する。ヴァイオレットが自らの手で鬼を殺すのである。

あまりにも現代的で非常に驚いたのだが、これは原作通りの展開なのだろうか。王子様に助けられるでもなく、現状を受け入れるでもない。欲しい物は自らの手で掴み取るべきであり、彼女にはその力があるのだ。そもそも自分の人生を無責任な父任せにしていたのが誤りだと知り、鬼の生首を手土産に帰還して戴冠する。なんというハッピーエンド!恐れ入った。

その一方で、自分の力ではなく偶然により得た美貌で王の寵愛を獲得し、妹を裏切り失ったドーラは、最後には魔法が解けてしまう(最後に皮肉な結果となるのはドーラの方だが、被害者に思えなくもないインマからも嫉妬や執着の醜さが窺える。より悲惨なのはインマの方だが、一度手に入れたものを失うドーラのその後にこそ真の悲惨さがあるか)。自分の人生を息子に託そうとする毒親王妃は、息子本人の気持ちを無視した独善的な愛ゆえに命を落とす。一見古臭く見える17世紀の民話だが、自分の欲望の実現を他人に頼る“古い女”がバッドエンドとなり、自らの行動によって人生を切り開く“新しい女”がハッピーエンドとなっている。基本的には独立していて無関係な三篇の物語だが、その対比から見えてくる価値観は、17世紀のものとは思えない現代的視座を有しているのであった。時代を切り開くのは若き乙女である。

グロテスクで印象的なシーンが二つ。一つは、王妃が心臓を貪り食うシーン。なかなか強烈な映像である。見た目のグロテスクさもさることながら、夫を亡くしたにも関わらず、一顧だにせず妊娠に執着する内面の醜さが滲み出している(処女の方が妊娠してなかったら托卵のメタファーだっただろう)。もう一つは、王と暗闇で交わると約束したドーラが、弛んだ皮膚を引っ張って貼り付けるシーン。フェイスリフトの身体に傷をつけない肉体版である。こちらの方が精神的にグロテスクだが(これと比べればメグ・ライアンのおっぱいは美乳である)、ものすごく笑える。「魔女め!」と放り出された彼女が魔女に助けられる展開も笑えた。

イタリア各地の城跡で撮影されたというロケーションが絵画的で非常に美しかったが、それを上回るのがステイシー・マーティンである。彼女が出演していると知らなかったため、登場時の驚きと喜びが一入である。森の中に全裸で横たわり、佇む彼女のなんと幻想的なことか。「絶世の美女」という言葉の「絶世」という部分は、この“現実世界に存在するとは思えぬ美”を表現するためにあるのかもしれない。彼女の臀部の膨らみの魅力は筆舌に尽くし難い。これでは多くの女性が若さと美しさに執着してしまうのも無理はない。権力を持つ男がこれに執着しなくなることはないだろうし、たとえ女性が権力や富を獲得しても、この欲求は果てないのだろう。

五日物語-3つの王国と3人の女-(字幕版)

五日物語-3つの王国と3人の女-(字幕版)

  • 発売日: 2017/11/15
  • メディア: Prime Video