オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『クワイエット・フォレスト』

Las tinieblas(The Darkness), 94min

監督:ダニエル・カストロ・ジンブロン 出演:ブロンティス・ホドロフスキー、アリオシャ・ソートニコフ

★★★

概要

”何か”から隠れて森で暮らす話。

短評

クワイエット・プレイス』のタイトル詐欺的な。音を立てたら死ぬわけではなく、”何か”が出てこない系の映画である。劇中で示されるヒントを基に「こういうメタファーなのかな?」と考えながら観ていたら、メタファーではなくド直球で「こういうことでした」という答えが提示されるも、その先の「結局どういうことなの?」が今ひとつ消化不良だった。最後の部分も二番目の“答え”の延長で解釈できなくもないが、腑に落ちたような落ちなかったような。全体の不気味な雰囲気は良く、なにより微エロ描写が素敵な一作だった。

あらすじ

“何か”から隠れるようにして霧深い森の中で暮らす父(ブロンティス・ホドロフスキー。アレハンドロの息子)、長男マルコス、次男アルヘル、そして幼い妹ルチアーナ(カミラ・ロバートソン・グレニー)の四人家族。父と長男が外に出る時にはガスマスク着用で、その間、アルヘルとルチアーナは外から施錠された地下室に籠もっている。ある日、「話がある」とアルヘルに言い残したマルコスが出掛けたきり帰ってこず、父は「“あいつ”に連れ去られた」と話す。

感想

外出時にガスマスクの着用が必須である割には玄関と居間が直通であり、はっきり言って意味を成していない。また、家の外壁も木製なので、気密性は低いだろう。身体の弱いルチアーナが咳をする時にナイロン製のカバーを被る描写もあるが、彼女が隔離されているというわけではない。従って、“何か”が伝染性である確率は低いと考えられる。

となると、ガスマスク着用を強制し、アルヘルたちを家に閉じ込めんばかりの父に対する疑いが高まってくる。全ては彼のウソなのではないか。厳重な施錠についても、「子供たちを守っている」というよりは「子供たちを軟禁している」しているかのような印象を受ける。ルチアーナの描く怪物が父に似ていることや父の部屋にある操り人形から察するに、[怪物=父]なのではないかと。姿を見せない“何か”たる怪物というのは、強権的かつ支配的な父親のメタファーなのではないかと。

これがほぼ正解なわけだが、実際にはメタファーではなく“そのもの”である。家の外から聞こえてきて兄妹を怖がらせる物音は、父が機械仕掛けで鳴らしていたというオチ。マルコスは連れ去られたのではなく、「弟と妹を連れて家を出る」と言い出したので殺処分。やはり父こそが怪物の正体だったのである。

事実を知ったアルヘルは妹を連れて逃げ出すが、家の外で“音”を聞いて逃げ帰り、“何か”に立ち向かっていった父が怪我を負って帰ってくる。ここで終劇である。「えっ、本当だったの?」と混乱することもできるが、音は木々の軋みによるものを父が模していて、怪我は父が「父ちゃんはウソついてなかったんやで」と威厳を守るための自作自演という合理的な解釈が可能だろう。

問題は“その先”である。果たして父はどうしてそんな事をしたのか。ただ父親という支配的な存在を極端な形で表現しただけなのか。それとも、アルヘルたちが森で出会った敬虔そうな老人がルチアーナを人質を取ろうとした描写から分かるように、外界の危険から守るという点において父の支配性に一定の正当性があったと解するべきなのだろうか。

老人たちの存在は、父が趣味で子供たちを閉じ込めていたわけではない──“何か”が実際にいるという事実を示唆する。彼らもまた“何か”に怯えているということは、やはりいるのである。アンヘルたちが怯える怪物の正体は父のメタファーではなく父そのものだったわけだが、“父が怯える”怪物の正体は外界の危険に子供たちを晒すことのメタファーだったか。正直確信は持てない。

老人と行動を共にしている少年……かと思いきやの女の子(Meraqui Pradis)!老人を射殺した父が外の木に縛り付けて“何か”の餌にしようとするも、思い直して家の中へ。濡れた服を脱がせてみたらそこには……という発覚の仕方である。キャー!恥ずかしい!おっぱいの見せ方は数多あれど、これ以上に素敵な微エロが存在するだろうか。アンヘルがショットによっては女の子に見える中性的な外見というのも勘違いを誘発する好材料だったように思う。ルチアーナちゃんも可愛かった。