オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『アンノウン・ボディーズ』

Het Tweede Gelaat(Double Face), 122min

監督:ヤン・フェルヘイエン 出演:ヴェルナー・デ・スメット、ソフィー・ホフラック

★★

概要

首無し死体殺人事件。

短評

ベルギー製のミステリー映画……とは呼び難い一作。首なし全裸遺体はインパクト大で、薄暗い雰囲気も良い。導入部は魅力的である。しかし、主人公の捜査で犯人が解明されることはなく、「この人が犯人でした」という結果だけが提示される。その上、犯人の動機も犯行の詳細も、何も分からないまま放り投げて終劇である。犯人と警察の心理合戦が繰り広げられるサイコスリラーとも呼べず、謎が解き明かされるミステリーとも呼び難い。一体何を見せられたのか……。分からないが故の後味の悪さが魅力的な作品もあるが、これはそれとも違う。

あらすじ

六人の女性の遺体が同時に発見される。いずれの遺体にも首がなく、体からは血が抜かれ、指紋が酸で焼かれている。被害者の年齢、職業、体型にも共通点はない。警察はオランダからプロファイラーのムルデルを招聘し、ケルンからの移住者に目星をつけて捜査を進める。一方、刑事のフレディは、新たな死体の発見現場を半裸で彷徨っていた記憶喪失のリナ(ソフィー・ホフラック)が事件に何らかの形で関係していると考え、独自に捜査を進める。

感想

主人公の刑事が“直感タイプ”で、科学的に捜査を進めようとする上司に逆らう。この時点で彼が“結果的に”正しいと推測できるわけだが、おまけにリナがどう見てもファム・ファタールである。これは彼女が犯人に決まっている。「バレたら停職になるし……」と躊躇うフレディと交わり(服の脱ぎ捨て方が豪快)、翌朝家にやって来たフィルケらに裸を見られても何とも思わないような女が、ただ者であるはずはない。なお、彼女のおっぱいは大きくてキレイだったが、フレディが下半身に正直過ぎる阿呆なせいで、“分かっていても魅力に抗えない”というタイプのファム・ファタールではなかった。

犯人が想像通りだったのはよいとしよう。これは直感による結果論であって、論理を積み重ねて彼女こそが犯人だという事実に辿り着いたわけではない。主人公が事実に辿り着く経緯でひっくり返してくれれば十分なのである。しかし、それも果たされない。警察は、暴力的なゲーム制作会社のCEOホイバーグや捜査に非協力的なアメリカ大使館職員コーディを容疑者に設定するが、前者は犯人を装った状態で自殺偽装され、後者は青姦不倫がバレたくないだけだったと判明する。そうしてなし崩し的に「リナが犯人なのでは?」ということになるわけである。

犯人に辿り着く過程が雑だったのも、百歩譲ってよいとしよう。本題は首なし死体である。事件がこれ程までに猟奇的であれば、気になるのは「誰が」ではなく「どうして」である。どうして首を切り落とすといった処理を施したのか、遺体に外傷がなかったのは何故か、共通点のない被害者たちを選んだ理由は──と、いくらでも疑問が浮かび上がってくる。これらが説明されて腑に落ちれば、たとえ他の部分がダメだったとしても、「そうだったのか~」と雑に納得できるはずである。しかし、それも果たされない。リナはカーチェイス中に死亡し、全ては闇の中のままに終劇となるのであった。えっ、ちょっと待って……。これで終わりなの?犯人がリナだったこと以外に何一つ分かってないままなんですけど。

捜査本部の容疑者が否定され、リナの患者パトリックが否定され──という三段構えのどんでん返し風になっているのだが、上述の理由により驚きはない。やり過ぎなくらいにミスリードしまくっているので、恐らくはそこが一番見せたかったところなのだろう。更に、犯行の詳細が分からずじまいな上に、リナがやたらとフレディと寝る理由も分からない(サービスとしては嬉しいが)。“既に起きた事”と“現在起きている事”の両方についての謎が放置され、最初に死体が出てきた時よりも謎が増えて終わるという圧倒的消化不良感だった。謎を残したままにするのは構わないが、せめてこのどちらかだけでも説明しておかないと物語として成立しない。エロもグロも魅力的で、出だしは良かったんだけどなぁ……。

ベルギー人のオランダ人に対するコンプレックスが垣間見えたり、ブルガリア産のワインが安物として貶されていたりと、ベルギー映画としてのご当地的描写があったのは面白かっただろうか。

Double-face

Double-face

  • 作者:Geeraerts, Jef
  • 発売日: 2004/07/06
  • メディア: ペーパーバック