オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『四畳半タイムマシンブルース』森見登美彦

概要

バック・トゥ・ザ・昨日。

短評

四畳半神話大系』と『サマータイムマシン・ブルース』の悪魔合体である。森見登美彦氏のアニメ化作品の脚本を手掛けた上田誠との奇跡のコラボが、よもやこんな形で実現しようとは。基本的には四畳半メンバーによる(ほぼ)完全再現といった趣ながら、同作のエッセンスたる「もしあの時こうしていたら……」という要素が、たった一日の時間旅行という設定と見事に融合していた。『恋文の技術』以来久し振りに長編で腐れ大学生が帰ってくるというだけでファンとしてはこの上なく嬉しいのに、それに甘んじることなく、きっちりと期待を上回ってくる。二時間程度で読み切れるボリュームではあったが、実に幸福な読書時間となった。おっぱいやそれに準ずる言葉の登場はなし。

あらすじ

明石監督によるポンコツ映画「幕末軟弱者列伝 サムライ・ウォーズ」の撮影後、小津が“私”の部屋のクーラーのリモコンにコーラを掛けてしまう。クーラーのお通夜がしめやかに営まれた後にモッサリとした青年が現れ、その後には黒光りする古畳式のタイムマシンが残される。いざ行かん。昨日壊れる前のリモコンを取り戻し、社会的有為の人材へと己を鍛え上げるのだ。

感想

基本的な筋書きは『サマータイムマシン・ブルース』の通り。無数の可能性がありうる『四畳半神話大系』なので、こんな話があっても不思議ではない。物語を既存のキャラクターや建物、サークル「みそぎ」に落とし込み、甲本と柴田の恋が“私”と明石さんの関係に反映されている。

映画版で苦手だったコメディ描写のクドさが見事なまでに森見ワールドに昇華されており、その違和感のなさに驚かされる。主人公が格好悪いこともプラスに寄与したのだろう。あまりにも自然に溶け込んでいるので単なるパロディのようにも思えるが、ちゃんと我々の知る四畳半世界なのである。原作の設定や展開を織り込むために無理やり世界を捻じ曲げたという感じが全くしない。それでいて、話は(ほぼ)そのまま『サマータイムマシン・ブルース』。言わば『【新釈】走れメロス』に近い形式となるわけだが、やはり原作を知っていると面白さが段違いである。

ヴィダルサスーン等の細かい点に至るまでの徹底再現もさることながら、刮目すべきはタイムトラベルについての“説得力”だろう。登美彦氏特有の理屈っぽい文章により強引に納得させれられたかと思いきや、やっぱりモヤモヤする。晩年助手の説明で強引に納得させられたはずなのにやっぱり納得できない映画版の感覚そのままである。筋書きがそのままなので当然といえば当然なのかもしれないが、自分の知っている『サマータイムマシン・ブルース』との最大の接点だったように思う。

かつての四畳半世界との違いを感じたのは、“私”の慕情が強調されている点だろうか。まるで『夜は短し歩けよ乙女』の“私”かのような立ち振る舞いが散見される。明石さんも明石さんで、これまでよりもまんざらでもない感じに萌える。奇しくもその恋愛要素こそが「もしあの時にこうしていたら……」の核心となるのである。明石さんの送り火デートの相手を巡る描写なんて相当に甘酸っぱくて、これが上手い!憎い!ちくしょう青春かよ!夏だなあ……。四畳半で小津と二人手ぬぐいを打ち合う“私”も好きだが、「成就した恋ほど語るに値しないものはない」“私”を祝福したくなる素晴らしきご都合主義による辻褄合わせであった。

四畳半のお約束であるサークルの新要素。妄想鉄道サークル「京福電鉄研究会」。「妄想」とつけば何でも面白くなるような気がしてしまうが、本当に面白い組み合わせをよくも考えつくものである。このサークルについては、小津の邪悪さが強調されていて笑った。樋口師匠や羽貫さんは、そのまま樋口師匠や羽貫さんであった。ニッポンの夜明けぜよ!

未来人の田村君だけは田村君のままである。彼のモッサリ感についての表現に登美彦氏の文学的魅力が詰まっているので、ここに引用しておく。

モッサリしたマッシュルームのような髪型、モッサリした半袖シャツの裾をモッサリした色のズボンに押しこみ、斜め掛けした鞄までモッサリしている。まさにモッサリの国からモッサリを広めるためにやってきた伝道師のごとし、その徹底的な非ファッショナブル性には親近感しか湧かない。

森見登美彦『四畳半タイムマシンブルース』より 

怒涛の「モッサリ」連呼だが、映画で見た田村君の印象をこれ以上なく的確に表現している。田村君の姿がありありと浮かんでくる実に正確な表現でありながら、文字情報だけで読者を笑わせることを決して忘れない。どうすればこんな言葉が浮かんでくるのだろうか。この世の神秘である。“私”の名を明かすことなく、下鴨幽水荘に田村なる住民がいないことだけを告げる描写も上手かった。

こうして四畳半世界が再び読者の前に戻ってくると、「この話も是非ともアニメ化を!」と思わずにはいられない。読書中の三十郎氏の頭の中をキャラクターの姿や声が駆け巡る。しかし、樋口師匠を演じた藤原啓治が今年の四月に亡くなっており、我々の思い描く四畳半世界がそのままアニメとして戻ってくることはありえないのである。こうして初めて失ったものの大きさを実感するのであった。大笑いしながら読んだのに、少しばかりしんみりしてしまった。それでも無数の四畳半世界の存在が許されることこそが、本作を実現させた懐の深さに他ならない。来る八月十二日には是非ともアニメ化の発表を!

本作の好きなフレーズは、明石さんの「仲良きことは阿呆らしきかな」。“私”と小津の見てはいけないセクシャルな営みに送られた一言である。

四畳半タイムマシンブルース

四畳半タイムマシンブルース