オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『エクソシストVSダーク・ウィッチ』

Darkside Witches, 92min

監督:ジェラード・ディーファンタル 出演:ジェラード・ディーファンタル、バルバラブーシェ

概要

魔女が火刑にされた恨みを晴らす話。

短評

開幕直後に、否、観る前からそれと分かるようなダメなイタリア映画。世の低予算映画制作者(と邦題命名者)たちは、“絶対につまらないけれどちょっとだけ面白そう”と思わせるような絶妙なラインを狙っているらしく、本作も正にそのタイプであったと思う。高度な釣り技術である。また、本作はエロを用いた釣りについても卓越した技術を披露しており、“つまらなかったけれど見事に釣られた”という点においては感心せざるを得ない。

あらすじ

1589年、イタリア北部のトリオーラで6人の魔女が火刑に処せられた。それから時は流れて現代。同じくトリオーラで不可思議な失踪事件が相次ぐ。それは現代に蘇った魔女たちの仕業であった。中央アフリカで悪魔との死闘を繰り広げ、限界を感じてエクソシスト業からの引退を決意していたガブリエル神父(ジェラード・ディーファンタル。監督、脚本、主演を一人で務めた罪深い人)が立ち上がり、再び死闘を繰り広げる。

感想

映画の冒頭でジョギング中の女性(Giuditta Niccoli)が魔物に襲われ、何故か彼女のTシャツの胸の部分だけが破れる。おっぱい丸出しである。ノーブラでジョギングではおっぱいが暴れて痛くないのだろうか。映画開始直後に「あ、これは想像以上にダメなやつだ……」と察して視聴の中断という選択肢が頭をよぎったが、おっぱいが出てくるのであれば視聴続行せざるを得ない。ジョニーの奴隷の悲しい性である。

その後、早い段階で露骨なエロシーンが登場する。バーテンダーのルクレツィア(シモーナ・カッピア)がナンパ男を撃退するのかと思いきや、自らおっぱいをポロリとさせて男と交わる。口淫中に陰茎を食い千切り、そのまま男を殺して心臓をムシャムシャである。顔も醜く変形するし、魔女というよりもゾンビかヴァンパイアである。魔女って生き血を吸うの?

映画が始まって間もなく二度もおっぱいが出てくるとなれば、三十郎氏は「あ、これはB級ホラーの姿を借りたエロ映画なのだ。悪魔が人の姿を借りているみたいで上手い演出ではないか」と思い込む。ルクレツィアのおっぱいは見事だし、陰茎や秘部を画面の中心に捉えて濃いボカシをかけているとなれば、そういう映画だとしか思えない。エロがメインでストーリーはついでのアレである。しかし、その後は「おっぱいはまだかな?」と期待しているのに、待てども待てどもおっぱいが出てこない。サラ(エレオノーラ・アルブレヒト)が美人なので拝みたいと思っているのに、彼女は恋人との交わりを拒むのである。

再びおっぱいが姿を表すのは映画の最終盤である。「お前ら、おっぱいが見たくてここまで我慢したんだろ。仕方ないなあ。ほら、そんなに見たけりゃ見ろよ」と嘲笑う監督の声が聞こえてきそうである。悔しいがその通りである。三十郎氏は“次のおっぱい”だけに期待してこのクソ映画を最後まで観てしまったのだ。これは高度な釣り技術であったと認めざるを得ない。おっぱいの持つ強い引力を知り尽くした助平なイタリア男の技術の粋なのであった。

おっぱい以外にはまるで興味を持って観られないレベルの映画であり、ストーリー自体も編集の繋ぎも非常に雑なので、何をしているのかよく分からないことになっている。三十郎氏が集中を欠いていたのは認めるが、観客に集中させられるような完成度ではないと文句を言う権利くらいはあるだろう。魔女やら悪魔やら良い魔女やら色々と登場し、最後はなんだかんだで神父の信仰の力が勝つのかと思ったら、“俺たちの戦いはこれからだ!”エンドだった。間違っても続編は作るなよ(なお、現在プリプロダクション中とのこと)。