オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『孤独なふりした世界で』

I Think We're Alone Now, 99min

監督:リード・モラーノ 出演:ピーター・ディンクレイジエル・ファニング

★★★

概要

人の死に絶えた世界で小人と美少女が出会う話。

短評

静かな終末世界もの。終末世界でアンニュイ美少女のエルファニちゃんと二人っきりである。主人公の男が三十郎氏のように「あら素敵……」と喜んでいるような話ではないのだが、それでも、誰もおらず、何も起こらない町を二人で探索するシーンには謎のワクワク感があった。本作はひとり静かに暮らしたい男と自分以外の生き残りを見つけて嬉しい女の話である。人類に何が起きたのかは登場人物にも分かっていないし、観客に明かされることもない。そんな世界を通じて、“他者と共に生きる”ということを問う一作だった。

あらすじ

何かが起きて人の死に絶えた世界。デル(ピーター・ディンクレイジ)は、自分が住んでいた町の空き家を探索し、死体を埋葬し、部屋を掃除して、彼だけが住む世界から一つずつ無秩序を取り除いて生活していた。ある日、花火が打ち上げられているのを目撃し、外に出てみると、事故車両を発見する。車の中には気絶した一人の少女がいて、名をグレース(エル・ファニング)と言う。

感想

デルの「町に1600人の人がいた時の方が孤独だった」という感覚は、(実際にそうなることはないだろうから分かりはしないのだけれど)なんとなく分かるような気がする。他者が存在すれば当然に自己との関係が発生するが、両者が常に同じ方向を向いているとは限らない。自分と他者を比較して惨めになることがあれば、期待を裏切られてもどかしい思いをすることもある。逆もまたしかりである。他者が存在することで、却って「自分は誰にも理解されない」という孤独を抱えることになる。しかし、他者の存在が消えてしまえば、そうした人間関係に付随するストレスも同時に消失する。初めは悲しい思いをするのかもしれないが、慣れてしまえば非常に安定した精神状態を築けるのかもしれない。

しかし、本作ではいないはずだった他者のグレースが現れてしまう。そして、グレース以外にも生き残りがいることが判明し、しかも彼らはグレースの両親だと言う。彼女を信用しはじめていたのに嘘をつかれていたと理解したデルはショックを受け(グレースの写真を見ているので彼らが偽両親であることは分かったはずだが)、再び一人での生活に戻る。しかし、“世界には自分しかいないと思いこんで一人で暮らす”のと“他に人がいると分かった状態であえて一人で暮らす”のとでは、根本的に性質が異なるのである。

デルはそれまで無視していたかつての知り合いたちの写真を見て、「こいつは良い奴だったな……」と一人物思いに耽る。彼は感情を押し殺すことで安定した精神状態を築いてきたが、本当に「一人の方が幸せ」というわけではないのである。それを分かりやすく表現しているのがカルト化しているグレースの偽父パトリック(ポール・ジアマッティ)だろう。彼はグレースの全身に謎の器具と管を繋ぎ、“生きる上で不必要なネガティブな感情を消し去ろう”としている(ここだけSF感があったが、SFというよりもパトリックが気狂いなだけに見える)。しかし、それらの感情は決して不必要なんかではない。“他者と共に生きる”人間と切り離すことのできない必要な感情なのである。人のいなくなった孤独な世界を通じて描かれたのは、その単純な事実だったように思う。

本作とは無関係だがゾンビメイクのエルファニちゃんが可愛いので貼っておく(『SUPER8』撮影時のもの)。二人がスーパーで“買い物”するシーンなんかは若干のゾンビ映画感があった。デルが「バッテリーが最も貴重」と話すように使える電力が最小限なためなのか、冷凍食品は食べられないようだった。彼は魚を釣って調理していたが、肉が食べられなくなるのは辛いな。現代の物資の量だと、争わずに済む分だけ一人(又は少人数)の方が生存確率が上がるかもしれない(病気の治療という問題はあるし、今の時期だとエアコンを使えない時点で死にそうだが)。

 
 
 
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Elle Fanning(@ellefanning)がシェアした投稿 -

グレースの話す吸血鬼のティータイムネタが気持ち悪かった。 ジョークとしては笑えるけれど、ティーバッグの代わりに……というのは想像するだけで吐き気がする。

孤独なふりした世界で(字幕版)