オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ハンナ ~殺人兵器になった少女~ シーズン2』

Hanna Season 2

監督:エヴァ・ハッソン他 出演:エスメ・クリード=マイルズ、ミレイユ・イーノス

概要

最強少女が仲間を見つける話。

短評

前シーズンでも映画版よりも明らかに弱かったアクションの要素が改善されることはなく、逆にハンナや他の兵器少女たちが自身のアイデンティティに悩む湿っぽいドラマへと舵を切った第2シーズン。自分の求めているものとは明らかに違うので途中で視聴を中止しようかとも思ったが、それが出来ない性格なので最後まで我慢して観た。本シーズンは繋ぎの要素が強かったように思うものの、それでもなお「次のシーズンがあってももういいや」とは吹っ切れた気持ちである。やっぱりシアーシャ・ローナンのハンナが、否、シアーシャ・ローナンが好きだったなあ……。

あらすじ

ウトラックスの訓練施設からクララと共に脱出し、森で隠遁生活を送るハンナ(エスメ・クリード=マイルズ)。「母親に会いたい」と願ったクララが組織の罠に掛かり、メドウズなる訓練施設へと連れ去られてしまう。彼女を救出しようとハンナが奔走する一方で、クララはそこでの生活に順応していく。

感想

メドウズでは少女たちに架空のプロフィールを与え、彼女たちはその設定に沿ったキャラクターに染まっていく。ある者は偽自分史を本物だと信じようとし、ある者は全て嘘だと理解した上で順応し、ある者は信じた方が幸せになれるのではないかと思うようになる。実際に任務に当たる際には新たなプロフィールに沿った演技をするので不要な設定のようにも思えるが、それよりも圧倒的に長い任務中でない期間のコントロール方法──“演技”たる任務と“本物(嘘)”の日常を対比させることで組織に都合の良い人格を本物だと思い込ませるという興味深い手法である。

──という方法論の部分は面白いのだが、彼女たちのプロフィールが各々どういう狙いで創造されているのかは不明確である。それ故に、本作は少女たちが“自己の存在について葛藤する”ドラマを中心に据えているものの、特殊な状況にも関わらず普通のティーンエイジャーの悩みの範疇に収まっているという弱さを感じた。

自己の目覚めには現代的紋切り型のフェミニズムも含まれているのだが、あれは終盤の任務に活かせるように設定されていたのだろうか。そうだとすれば、(三十郎氏が勝手にそうだと思い込んだ)方法論との齟齬が生じる。また、“目覚め”でもなかったことになる。主要テーマの一つである“悩み”がストーリーに上手く絡んでおらず、外の世界を知っているハンナとクララがどちらを選ぶかという話だけで終わってしまっていたように思う。“内側”の少女たちは最初から最後まで従順なだけだった。

前シーズンでは暗い髪色だったハンナが金髪に変貌する。捜索の目を逃れるための変装である。映画版のファンである三十郎氏は思わず嬉しくなる瞬間だが、眉は暗い色のままで、シアーシャ・ローナンが演じたハンナのように浮世離れしたビジュアルには残念ながら仕上がらなかった。再度変装のために髪を黒く染めてショートカットにした時の方が似合っていたと思う。

アクションシーンは“事前に決められた動きに従っている”感が透けてしまっている硬さがあるものの、ハンナについてはなんだかんだで頑張っていたと思う。メドウズでクララとサンディ(Áine Rose Daly)が喧嘩するシーンなんて訓練を受けたとは思えない取っ組み合いにしかなっていない上、カメラも寄り過ぎで何をしているのか分からない。彼女たちに比べるとだいぶマシである。しかし、エスメ・クリード=マイルズは腰回りがかなりガッシリしていることもあって、走るシーンがなんとも重い。とても鈍重に見えてしまう。このシーンこそ足に寄って再生速度を弄るとかして何とかできなかったのだろうか。