オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『リチャード・ジュエル』

Richard Jewell, 131min

監督:クリント・イーストウッド 出演:ポール・ウォルター・ハウザー、サム・ロックウェル

★★★★

概要

爆弾を発見して英雄になった警備員が犯人扱いされる話。

短評

クリント・イーストウッドのお気に入りの英雄シリーズ。『ハドソン川の奇跡』以降の作品はこの傾向が強い印象だったが、考えてみれば、『父親たちの星条旗』から実話ものの制作が続いている。何が転機となったのだろう。本作は淡々とした進行でありながら、この物語を語るのに無駄だと感じられるような要素がなく、隙のない力強さを持つ一作だった。主演のポール・ウォルター・ハウザーは外見のインパクトが強いだけでなく、“ちょっと変な奴”だと思わせておいてからの胸を打つ演技のギャップが凄い。

あらすじ

1996年。五輪の開催されているアトランタで爆弾テロが起きる。幸いにも警備員のリチャード・ジュエル(ポール・ウォルター・ハウザー)が早期に発見し、避難を促したために被害は最小限に抑えられた。英雄として祭り上げられるリチャードだったが、FBIのトム(ジョン・ハム)は彼が容疑者となっていることを地元紙の記者キャシー(オリヴィア・ワイルド)にリークし、爆弾魔としてメディアと捜査当局の両方から追われる身となってしまう。

感想

リチャード登場時の印象は、まるで無能に見えるのに意外にも“気の利くデブ”である。1986年に中小企業庁の雑用係として弁護士ワトソン(サム・ロックウェル)と知り合った時には“良い奴”に思える。退職時に「権力は人を変える。クソ野郎になるなよ」と告げられるが、10年後に時間が飛ぶと、寮の警備員として学生に高圧的な態度を取るクソ野郎になっている。ここでは“嫌な奴”である。しかし、彼が嫌な奴になっているのには理由があり、それは「職務に忠実過ぎる」からだと言える。その実直さが命を救い、また彼を窮地に陥らせることとなる。

リチャードを同僚として考えれば、真面目過ぎて少々鬱陶しい。普通の人が「あれくらい大丈夫だろう」と流してしまうようなことにまで規則通りにちゃんと対応しようとするタイプの男である。しかし、記念公園に仕掛けられた爆弾を「忘れ物」として処理せず、「不審物」として扱ったことが爆発前に群衆を遠ざける結果に繋がっているように、決して“無能な働き者”というわけではない。妊婦には水を渡し、爆弾発見後は避難指示を率先して行うなど、強すぎる正義感の持ち主とも言えるだろう。

そうは言えども、やはり彼が“変人”に見えるのは否定できない。でっぷりと太った体型に対する偏見もあるし、強く否定もしないし、明らかに敵対的なFBI等に対してあまりにも忠実過ぎる態度は見ていてイライラさせられる。経歴や所持品も怪しい。この観客のイラつきを代弁してくれるのがワトソンで、曰く「怒れよ!」と。当然彼に共感する。しかし、それまで何を考えているのか分からなかったようなリチャードがここで初めて感情を爆発させるのである。非常にハッとさせられた。間抜けにさえ思えた彼も本当は苦しんでいて、それを見逃していたのだと。マスコミには好き放題に言われ、信じていた警察にも不当な扱いを受け、これが辛くないわけがない。「(自分が犯人にされてしまったら)どの警備員も不審物を見ても見ない振りをするようになる」とまで真剣に心配している男のことを間抜け扱いしていたなんて恥ずかしい。

そこから先のリチャードは本当に英雄に見えた。キモい見た目の底辺白人ではない。ポリグラフ検査を受けて“反撃”を開始し、FBIの取り調べに対して「何か一つでも証拠があるのか」と言い放つ。本当にスカッとしたし、彼が格好よく思えた。FBIの容疑者除外決定を受けて、感極まりながらドーナツを頬張る彼の表情には思わずもらい泣きしそうになった。

スポットライト』のように「ジャーナリストの仕事は必要不可欠!」と感動する映画があれば、本作のように「マスコミはクソ!」と怒りに駆られる映画もある。両者が扱う事件の決定的な違いは、警察が仕事をしているか否か──被疑者が捜査機関に忖度してもらえる権力者か否かなのだろう。本作のFBIは無能と悪質が極まっていたが(それをハンサム馬鹿の典型なジョン・ハムが演じるのが笑える)、第一発見者のリチャードが容疑者になること自体は不自然でも何でもなく、メディアが騒がず、警察が普通に仕事していれば、難なく無罪放免となっていたはずである。

闇に葬られようとしている事件であれば、ジャーナリズムには“調査機関”としての役割がある。しかし、警察が仕事をしている段階で騒ぎ立てるのは、単なる数字目当てに過ぎない。騒いで得をするのはマスコミだけなのだから。トム・ブロコウの件は、スタジオで原稿を読むだけで世界を知ったかのように語る“キャスター”なる連中が、いかにいい加減な存在なのかが象徴されていた。

地元紙の記者キャシー・スラッグスが、枕営業で情報を得たという演出に対する批判がある。三十郎氏としては、その一点で彼女という人間を擁護するのには無理があるのではないかと思う。最も重要な“事実”は、彼女が裏取りすることなく疑惑を先走って報道し、リチャードの人物像が爆弾魔そのものであると煽動した点である。彼女こそが“事件の犯人”と言って差し支えないだろう。簡単な裏取りにより自身の間違いに気付き、リチャードの母ボビ(キャシー・ベイツ)の会見を見て改心するという配慮されたキャラクターだったが、もっと徹底的に批判すべきだったとすら思う。枕営業の部分は、言わば枝葉に過ぎないわけだが、リチャードも自身が爆弾魔かどうかよりもゲイ疑惑を否定したがっていたように、拘る人は拘るものらしい。「描き方が不適切」という言葉を使おうとも、この世に枕営業が存在する事実までは否定できないのだし。

リチャード・ジュエル(字幕版)

リチャード・ジュエル(字幕版)

  • 発売日: 2020/03/19
  • メディア: Prime Video