オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『フォードvsフェラーリ』

Ford v Ferrari, 152min

監督:ジェームズ・マンゴールド 出演:マット・デイモンクリスチャン・ベール

他:アカデミー賞音響編集賞(ドナルド・シルヴェスター)、編集賞(アンドリュー・バックランド他)

★★★

概要

フォードがフェラーリル・マンで勝つ話。

短評

迫力満点のレース映画。そもそも三十郎氏は車好きではないし(年季の入ったペーパードライバー)、フォードよりも大好きなボンドが乗っているアストンマーティン贔屓だが、レースに懸ける男たちの汗臭いドラマを楽しむことができた。熱いドラマに迫力のレースシーン、そしてコミカルな演出がバランスよく描写されており、2時間半という長尺にもそれほど長さは感じない。例によってクリスチャン・ベールの外見面の役作りが完璧である。

あらすじ

社長に就任したヘンリー・フォード2世の改革要請を受け、マーケティング担当のアイアコッカは、レーシング・スポーツでの栄光により“勝利”のイメージを獲得していたフェラーリに目をつけるも、買収交渉は失敗。交渉の場で「2世は先代とは違う」と貶されたことを知った社長は、「金はいくらでも出す」とル・マンでの勝利を厳命。そこでアイアコッカが白羽の矢を立てたのが、キャロル・シェルビー(マット・デイモン)──ル・マンで優勝した経験を持つ唯一のアメリカ人である。そのシェルビーが白羽の矢を立てたのが、英国人レーサー兼整備工のケン・マイルズ(クリスチャン・ベール)である。

感想

本作は、“フォード”がレーシング・スポーツ界の絶対王者フェラーリを倒す話である。主人公の二人は確かにフォードのGT40で戦うが、彼らが“フォード”そのものではない。フォードは企業なのである。シェルビーから話をもらったマイルズが危惧していた通りに、巨大企業は現場の好きなようにさせてくれない。副社長のビーブは、変人で扱いづらいマイルズを気に入っておらず、一度目のル・マン参戦ではアメリカに居残りに。二度目の参戦も彼の暗躍により、あと一歩、否、半歩手前で……という釈然としないゴールが待っている。

フォードとフェラーリが戦う話なのかと思っていたら、フォードとフォードの戦いである。レオ・ビーブも実在の人物のようだが、あそこまで典型的な悪役だったのだろうか。あそこでマイルズが優勝できない展開なんて観客は納得できないだろう。プロモーション的にも逆効果にならないのか。細かい内容よりもテレビや新聞で三台同時ゴールの画が報道されるインパクトだけを重視したのか。二重の苦難を乗り越えて遂に感動の……というところからの落とし穴だったので、その後の展開も含めて呆気にとられた。

というわけで、タイトルになっているフェラーリとの対決という要素は意外にも希薄である。大量生産のフォードと手作り芸術志向のフェラーリの対決を「フォードvsフォード」の構図にあてはめると、シェルビーたちのチームはむしろフェラーリに近かったりする。確かにサーキットでは激しく競り合っているが、レースそのものよりも“いかに完璧な車を完成させるか”という要素の方が重要で、その意味では敵対しているというよりも通じ合っているようにさえ思える。戦いに負けたエンツォ・フェラーリがマイルズを無言で讃えたシーンが象徴しているだろう。下記リンク先の記事には「F1がドライバーズ選手権、対してWECはクルマの優秀性が競われる」と書かれている。だからこそ整備工としての顔を持つマイルズの存在が光るのだろう。

とは言え、本作はレース映画である。肝心のレース映像に魅力がなければ、“もう一つの戦い”にまで興味を持つことはない。これを「迫力があった」としか形容できない三十郎氏の語彙力が悔やまれるところだが、印象的だったのは、車がよく故障することである。前を走っていた車が単独や巻き込みのクラッシュで止まるだけでなく、いきなりボンッと煙を上げたりもする。パーツが飛んでくるのも怖いし、煙で先が見えないのも怖い。マイルズの車に至っては、レース開始直後にドアが閉まらなくなる(どうしてドアが開いているのかと言うと、出走時にドライバーが「よーいどん」で車まで走って乗り込むから。F1しか見たことがなかったが、ル・マンではあれが決まりなのか)。ハンマーで叩き込む修理方法が衝撃的だった。

また、ピットでの作業が牧歌的で遅いのも印象的だった。コンマ秒単位で作業速度を争っているような現代では、芸術的なまでに統率された動きを披露するピットクルーだが、本作ではホイールをカンカンと叩いてタイヤ交換しており、急いでいる割にはのんびりに見えた。ビーブが推すセカンドチームがナスカーのクルーを採用して差をつけられるというシーンもあるが、機械化されていない分だけ個人の力量が問われそうである。

二人の主人公のキャラクター描写については、マイルズが「やらない」と断りながらもプロトタイプをみて情熱を抑えられなくなるシーンや、二度目のル・マン参戦に向けて子供じみた喧嘩をするシーンが好きである。マイルズの妻モリーカトリーナ・バルフ)が「嘘をつかれたのではなく本心を隠されてたのが嫌」と興味深い怒り方を見せる一方で、シェルビーの私生活については分からずじまいだった。これは彼が何度も結婚と離婚を繰り返すというマイルズ以上の変人だったので(なんと7回も!)、意図的に省かれたようである。

シェルビーがフェラーリ陣営からストップウォッチを盗んだり、ナットを転がして撹乱するシーンがあるが、あれはフェアプレー精神に反しないのだろうか。正当な(?)心理戦の範疇なのか。

フォードvsフェラーリ (字幕版)

フォードvsフェラーリ (字幕版)

  • 発売日: 2020/03/06
  • メディア: Prime Video