オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『華氏119』

Fahrenheit 11/9, 128min

監督:マイケル・ムーア 出演:マイケル・ムーアドナルド・トランプ

★★

概要

マイケル・ムーアトランプ大統領を誕生させたアメリカ社会を斬る話。

短評

マイケル・ムーアも遂に焼きが回った感がある。彼の作品には以前より恣意的な切り取りやテーマの分散といった問題がありはしたが、誰が相手であろうと臆することなく敢行される突撃インタビューという武器が存在した。現役大統領が相手ではその武器は封印され、本作におけるトランプ批判のほぼ全てが既存の映像の継ぎ接ぎである。これでは面白くなるはずがない。そこで、「なぜトランプが勝ったのか」から「なぜ民主党が負けたのか」にテーマを移行させるものの、感情的で稚拙な論理に終始してしまう。ムーアはトランプの圧倒的不利が予測される中で勝利を予測していた数少ない人物であり、社会状況と国民感情の二つを上手く結び付けて説明できるのではないかと期待したが、実際には自らの主張に都合の良いことを列挙するだけだった。

あらすじ

2016年11月9日。専門家から有名人まであらゆる人がヒラリー・クリントンの勝利を予測する中、劣勢だったはずのドナルド・トランプが大統領選挙の勝利宣言を行う。果たして、品性下劣で差別主義者のトランプ大統領がなぜ誕生してしまったのか。また、トランプよりも多くの票を獲得していた民主党候補がどうして破れてしまったのか。

感想

序盤のトランプ批判の部分は、日本のメディアでも散々取り上げられてきた人格批判の延長線上に過ぎない。ヒラリーを批判したお仲間のテレビ司会者が性犯罪者だとか(トランプの方が厳しく追求されただろうに)、娘イヴァンカとの関係が近親相姦っぽくて気持ち悪いだとか(子供の頃から可愛かった)、本人が大統領として行った仕事には無関係な個人攻撃に終始する。彼の人格問題が選挙でマイナスにならないことは、選挙結果が証明してしまった。映画で取り上げても「何を今更……」でしかない。トランプが経済成長と雇用回復の二点では上手くやってしまったため、資質以外の部分で批判できなかったのではないだろうか。具体的にトランプの何が問題なのかを示せなければ、「どうして彼が大統領になってしまったのか」という問い自体が意味を持たない。

次に出てくるのは、ミシガン州知事のスナイダーである。彼が水道水汚染問題を起こす。トランプがこの共和党員知事を支持した映像が流れるが、問題そのものとは無関係だろう。また、ムーアは「トランプはスナイダーのやり口を真似できると思ったに違いない」としているが、これは単なるお人形遊びに過ぎない。批判の体すら成していない。スナイダーにお得意の突撃を仕掛けるシーンがあるが、広報の発言の方に分があり、ムーアの方は茶番にしかなっていない。ただし、この汚染水の問題自体は非常に深刻だったので、トランプと関連付けることなく一本の映画として追ってもよかったと思う。「どうしてこんな無関係な事例を長々と……」と疑問に思ったが、一応は別の形で回収されることになる。

本作は、トランプ大統領誕生の理由を「選挙制度」と「民主党の譲歩」に求めている。ヒラリーの方がトランプよりも得票数が多く、世論調査のデータ(選挙後のものを使っているが選挙前でなければ根拠として弱くなる)ではアメリカ人の多くが“左派”的な志向を持っているのに、“本当のアメリカ人”の意思が選挙に反映されないのだと。

ここでムーアは、ビル・クリントン以降の民主党の政策が選挙資金獲得のために中道化、つまり共和党と似たりよったりになっていると指摘する。彼はこの“譲歩”を敗因としているものの、定数1を争うならば中位投票者の獲得を目指すのは当然の帰結だろう。予備選でのバーニー・サンダースの敗因を「特別代議員による結果の改竄が行われた」と陰謀論めいた話にしてしまうのは流石に無理がある(しかも一つの州だけでの話)。その制度自体は本人も最初から分かって戦っているはずである。「制度が悪い」とだけ攻撃するが、どう変えるべきなのかは示されないし、仮に変更されても共和党だって新制度に最適化するだけだろう。中位投票者の政策選考についても同様である。

サンダース曰く、「リベラル層の間にも分断があり、私は支配層の脅威なのだ」と。ムーアは、民主党支配層は支持者の利益を実現できておらず(水道水問題では当時の大統領オバマが現地にやって来て、救済策をとることなく水飲みパフォーマンスを披露して現地民を落胆させる)、草の根的な活動を広げる必要があるとしている。

その内の一つとして、公務員が禁止されているストライキにより賃上げを獲得したという事例を偉業として取り上げる。しかし、賃上げの財源は税金であり、これは増税もしくは別の市民サービス削減によって賄われることになる。ムーアは、“本当のアメリカ人”が利益を共有しているかのように語り、団結を呼び掛けるが、実際には個別の相反する利益の集合体なのである。「やればできるんだ!」と印象づけたかったのだろうが、これは企業や富裕層への課税とセットで達成していなければ、更に苦しむ人が増えるだけである。銃乱射事件に端を発したティーンエイジャーの活動家たちも持ち上げているが、恐らくは彼らが“分断されたリベラルの支配層側”であることも無視している。

「草の根活動家なら自分たちと同じ目線で自分たちの利益になることをしてくれる」と言っても、その“利益”が何なのかに具体的な言及はないし、そもそも“自分たち”とは誰のことなのか。「トランプはダメ」「民主党支配層もダメ」という前提ありきで、「何をどう変えるのか」「変えればどうなるのか」という点を全く考慮していない。この状態で「行動せよ(何を?)」と呼び掛けるのは、SNS上の盛り上がりだけで何かを達成した気分になる無邪気な若者たちと変わらない。本作が実際上の効果を持つとすれば、それは民主党支持層の分断に過ぎず、却ってトランプを利することになりかねない。

「中間層の没落」という重要なキーワードが登場するものの、これはトランプをヒトラーに重ねる時の状況の一致に留まっている。ムーアが「“本当のアメリカ人”ではない」とした“埋もれたアメリカ人”(=没落中間層)がトランプ勝利の一因であることは明らかなのに、どうして取り上げなかったのだろう。あくまで自分たちが主流派だという前提に立ち、その票がヒラリーに向かわなかった理由ばかりを探るが、トランプに投じられた票の分析は必要ないのだろうか。彼らを無知な連中とバカにしているが、これこそが“本当のアメリカ人”なんていう単一の集団が存在しないことの証左だろうに。

言い訳ではないが、三十郎氏は決してトランプを支持しているわけではない。次の選挙では落選してほしいと思っている。ただし、内容を問わず批判さえしていれば陣営論でオールOKというものではない。「気に食わない指導者は皆ヒトラーと同じ!」という定番の批判は流石に幼稚である。ヒトラーはそのカリスマ性と民衆の不満を利用して独裁者になったわけで、選挙というカリスマ性が求められる制度を利用し、民衆に不満がある限りは、どの指導者であっても似た側面を切り取ることができる。指導者から“ヒトラー性”を完全に排除しようとすれば、指導者そのものをなくすかユートピアが必要である。実際に「全権掌握」を強行し、「特定の民族を虐殺した」という“事実”と重ねなければ、何の意味もない印象操作に過ぎない。

華氏119(字幕版)

華氏119(字幕版)

  • 発売日: 2019/03/19
  • メディア: Prime Video