オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『サマータイムマシン・ブルース』

Summer Time Machine Blues, 107min

監督:本広克行 出演:瑛太上野樹里

★★★

概要

バック・トゥ・ザ・昨日。

短評

少し早いが今月末に発売を控えた森見登美彦氏の新作『四畳半タイムマシンブルース』に備えて予習兼復習である。全体のプロットや伏線回収は面白かったが、演出や演技の不自然さやわざとらしさがどうしても鼻につく。(そうでない作品もあるはずとは百も承知の上で)このノリの寒さが苦手で邦画を観なくなったのだと思い出した(他にはテレビドラマの延長線上のような安っぽい質感の映像も)。映画の“苦手な部分”が、小説では登美彦氏のレトリックという“好きな部分”に置き換わっているはずなので、大いに期待して待ちたい。

あらすじ

とある大学のSF研究会。夏真っ盛りでクソ暑い中、エアコンのリモコンにコーラをぶっ掛けて故障させてしまう。困った彼らの元に謎のマッシュルーム頭の男が現れ、彼が立ち去った後には謎の機械が残される。その外観から「これはタイムマシンではないか」と半ば冗談で起動させると、マシンに乗っていた部員が消失し、再び現れると「昨日に行ってきた」と言う。

感想

タイムトラベルを扱ったSF映画ではあるが、青春コメディの要素が強い。登場人物たちが「過去を変えまい」と必死になる理由のタイムパラドックスについては、「過去を変えると現在が消える」という単純な設定のみに準拠しており、万年助手(今の助教は任期付だと思うが、万年助手というポジションも絶滅してしまったのか)による説明は“別に理解しなくてもよいもの”としてあえて演出されている(説明を聞かされる人物が寝るか無視する)。この割り切りによって七面倒な話を非常にシンプルなプロットに落とし込み、観客に親切な設計としながらも、物語の核であるリモコンについてだけは腑に落ちるような説明が用意されているという構成の妙である。

一方で、タイムトラベルを巡るいくつかの描写は腑に落ちない。甲本がロッカーの中で一昼夜を過ごして元の時間軸に合流したという設定は、劇中でも疑問に思われていながら納得のいく説明は得られない。また、曽我に続いて過去へ飛び、トラブルを引き起こす三バカだが、彼ら全員が過去に残ったままタイムマシンだけが無人で“今日”に戻っている描写についての説明もなかった。

三十郎氏が苦手に思う点は、SF研部員のやり取りに象徴されている。たとえば「~って言いたいだけだろ」のようなネタは、会話している当人間では笑えるものだが、映画の演出として笑えるものではない。要するに内輪ノリである。また、“コミカル”の範疇を超えた大げさな演技にも冷める(TVゲームの効果音を使った演出も)。バラエティ番組のノリをそのまま持ち込んだようでくどいし、テンポも悪い。この“つまらなさ”をリアルな大学生像と捉えることもできるが、コメディ映画としては観客置いてけぼりな感じがする。もっとも本作は多くの観客に支持されている作品なので、三十郎氏の好みが少数派なのだろう。

2030年からやって来たマッシュルーム頭の田村くん。キモいオタクとして演出されているが、2020年現在の日本ではマッシュヘアが流行しているというではないか(よく知らないけれど)。10年ズレてしまったが、流行のサイクルを上手く捉えたていたことを後世が証明している。髪型以外の昭和風ファッションもいつか再流行するのかもしれない。

三バカや曽我、田村が必要以上にコミカルな振る舞いをするのに対して、イケメン枠の甲本だけがスカしているのが気に食わない。別に真人間がいなくても危機を理解して話を進めることはできるわけで、逆に彼のせいで三バカたちが浮いた存在になってしまっているとすら言える。美男美女をそのまま美男美女として扱わなけれいけないなんていう芸能界的ルールに囚われる必要なんてないのに。

三十郎氏は映画の空気感に近づけようとエアコンを使用せずに本作を観てみたが(扇風機は使った)、集中力を削がれるだけだったので失敗だった。

プライムビデオの配信タイトルは、「・」が一つ多くて間違っている。登美彦氏の小説は、逆に「・」なしとなっているが、何か意図があるのだろうか。

サマータイム・マシン・ブルース

サマータイム・マシン・ブルース

  • 発売日: 2014/09/24
  • メディア: Prime Video
 
四畳半タイムマシンブルース

四畳半タイムマシンブルース