オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『アス』

Us, 116min

監督:ジョーダン・ピール 出演:ルピタ・ニョンゴ、ウィンストン・デューク

★★★

概要

赤い服を着た分身に襲われる話。

短評

ジョーダン・ピールの前作『ゲット・アウト』は社会風刺ネタが分かりやすかったが、本作は困惑する部分が多かった。序盤から意味深に登場する「エレミア書11章11節」の内容を知っていれば分かる話なのかと思ったら、劇中では一切説明がない(アメリカの観客は知っているのかもしれないが)。鑑賞後に調べてみても“なんとなく”レベルでしか腑に落ちず、スッキリはしなかった。分身の言動が滑稽なのでホラーとしては怖くないが、至ってシリアスにやっている分だけ「ここで笑っていいの?」となる絶妙なコメディが成立している。

あらすじ

母アディ(ルピタ・ニョンゴ)、父ゲイブ、娘ゾーラ、息子ジェイソンの四人家族は、夏の休暇で別荘を訪れる。彼らはキティ(エリザベス・モス)らの友人家族と会うためにサンタクルーズのビーチへと向かうが、そこは少女時代のアディが自分にそっくりな少女と出会い、トラウマを負った場所であった。ビーチでは何も起こらず別荘へと戻るも、不安が収まらないアディ。夜間に停電があり、寝室に来たジェイソンが両親に告げる、曰く「外に家族がいる」。そこにいたのは、一家に瓜二つの四人だった。

感想

自分の分身が現れて、自分を襲う。アディ2号は(老人が絞り出すような声で)、「少女には影がいた」「我々はアメリカ人」とアディとの対照的な境遇を語り出す。アディらウィルソン家は別荘を持てる程度には裕福なため、きっと分身たちは成功者の影に隠れた敗北者の隠喩なのだろうと思った。負け組が勝ち組から奪いに来る話なのだと。劇中に登場するハンズ・アクロス・アメリカというイベントもホームレス救済イベントのようなので、基本的にはその理解でよいのではないか。

「エレミア書11章11節」の内容は、以下のものである。

それゆえ主はこう言われる、見よ、わたしは災を彼らの上に下す。彼らはそれを免れることはできない。彼らがわたしを呼んでも、わたしは聞かない。。 

ウィキソース エレミア書(口語訳)」の頁より引用

一神教の“神”ではない偽の神を信仰した者には必ず災厄が訪れる」という内容のようである。つまり、分身による襲撃は、経済的に分断された社会において弱者が強者へ反旗を翻す行為とイコールであり、これは避けられないことなのだと。フッ素陰謀論者のゾーラも世界の終わりに言及しているし、分身たちが着ている服が“赤い”のもそういう意味だろう。“黒人の映画”という先入観があるため、“黒人的なテーマ(≒差別)”が描かれるのかとも思ったが、白人の分身も出てくるので(物語の展開上の都合もあるだろうが、こちらの方が凶悪)、人種限定のネタではないと分かった(地下のウサギも圧倒的に白が多い)。

ただし、地下で暮らす分身たちを“貧困”の象徴だと解釈すると、“分身”という基本設定との齟齬が生じる。経済における勝ち組と負け組はスポーツの試合のように一対の関係ではなく、無数の負け組の犠牲の上に少数の勝ち組がふんぞり返っている。その点を踏まえれば別のテーマがあるのかと考えざるを得ないのだが、特にこれといったものは思い付かなかった。エレミア書を知らないが故の消化不良ではないかと思っていたが、分かっても消化不良のままだった。

オチは少女アディが分身に出会った時点で予想した通りだったのだが(最初に察したが、アディや偽アディの行動にもヒントはある)、“貧困”がテーマだと仮定した上で考えてみると興味深い。元が全く同じ人間でも育つ環境次第で結果が大きく異なるということになる。たしか日本でも赤ん坊の取り違えによる似たような事例があったはず。この結末から逆算すると、分身という設定は、“環境次第でありえた自分”からのしっぺ返しということになるのか。勝ち組の皆さんはたまたま運が良かっただけなんですよ、と。

ホラー的に最も怖かったのは、分身家族が手を繋いで道路に立っているシーン。後ろから街灯に照らされて顔の見えないこのショットは不気味だった。彼らが分身だと判明してからは、その言動の滑稽さの方が勝っており、「怖い」と思うことはなかった。精一杯不気味に演じようとしている感じがどうにもわざとらしくて笑えてしまう。これは狙った演出なのか。音楽ネタなんかは明確に笑わせにきていたが、どこまで笑ってよいのか分かりいくい一作である。それでいて、その分かりづらさが却って笑えたりする。しかし、ホラー映画として本気で怖がらせているシーンがどこなのか分からないのは、流石に少々戸惑う。

「分身=ドッペルゲンガー」として語られることも多いが、ドッペルゲンガーは幻覚の一種である。本作の分身を幻覚だとするとまた別の解釈が必要となるため、本稿では「分身」を用いた。クローンだという言及もあることだし(このタネ明かしは雑だったと思う)。

映画冒頭に「アメリカには廃棄された地下トンネルがある。人々には知られてない」というテロップが流れる。この地下トンネルは実際に存在していて、劇中で何かを隠喩しているのか。それとも分身たちの暮らしている空間が地下トンネルという本作における設定なだけなのか。このセットは不気味で良かった。

アス (字幕版)

アス (字幕版)

  • 発売日: 2020/02/07
  • メディア: Prime Video