オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『エスケープ・ルーム デッド・オア・アライブ』

Escape from Marwin, 102min

監督:ジョルディ・カステヨン 出演:カミラ・マサイアス、ジョン・デ・ルーカ

概要

リアル脱出ゲーム:囚人篇。

短評

ただ「つまらない」を悠に超えて絶望的に“酷い”一作。続編みたいなタイトルだが、先日の『エスケープ・ルーム』とは無関係である。同作もダメだったのに、「それでも懲りずに……」とチャレンジャー精神を発揮してしまったのが失敗だった。「ダメ」なんて生易しいものではない。脚本、演出、演技の全てが壊滅的である。「これ、監督(兼脚本)も劇中で何をやっているのかちゃんと説明できないだろう……」と思ったのは初めての経験である。本人は疑問を抱くことなく映画を完成させたのだろうか。

あらすじ

1972年、アメリカにおける刑務所人口の削減を図るべく、マーウィン博士は“囚人同士で自由を懸けて戦わせる”というアイディアを提唱する。今宵、その戦いのためマーウィン邸に集められたのは、ケイ、ベン、リナ、サム、ジョシュの五人。制限時間の40時間以内に謎を解き、外に出た者には自由が待っている。そうでなければ、死が待っている。

感想

集められた五人は、小児性愛、娼婦殺し、暗殺者×2、精神障害者という構成。この内、娼婦殺し以外は誰がどれなのか最後まで分からないし、特に意味もない。精神障害者が一人いるという設定だが、全員が知能に障害を抱えているレベルの面々である。

主催者が参加者たちに告げる。「マーウィン博士の息子を殺した犯人を見つければ、自由への鍵が見つかる」。つまり、「脱出のための謎解き」と「犯人探しの謎解き」の二重の構成になって……いない。五人はギャーギャーと騒いだり喧嘩したりしながら屋敷を荒らすだけで、一向に謎が解かれる気配が見えない。焦れた主催者が仕方なく鍵を出して無理やり進行しようとしたり、いつ見つけたのか分からない鍵が出てきたりする。『エスケープ・ルーム』は“謎があまりにもスラスラと解ける”のが欠点だったが、本作はあまりにも謎を解かない。そもそも解かれるべき謎なんてなくて、どこからともなく鍵が出てくるばかりである。

更に酷いのは、リアル脱出ゲーム的な設定を完全に放棄してしまっている点。参加者全員がド級の阿呆だというのは序盤に分かるので、その時点で謎解きに期待するのは諦めた。しかし、いつ入手したのか分からない鍵により外に出る鍵を見つけ、実際に外に出た二人がいるのに、その時点でゲーム完了とならない(その前にベランダに出られた男もいるが、これもノーカウント扱い)。外に出たこともサラッと流される。一体何がしたいのか……。

実は主催者がマーウィン博士その人であり、参加者の中に息子殺しの犯人が混ざっている。つまり、そいつを殺すためだけに五人は集められたのであって、最初から“ゲーム”としての体裁を守るつもりすらない話なのである。これ見よがしな演出により「ちゃんと伏線張ってたでしょ?」と偉そうに主張するものの、それらは全てどうでもいい傍論であり、肝心な部分は完全なる後出しでしかない。五人の内二人は事件に関係があるということになっているが、別に彼らが存在すべき理由はない。「刑務所人口を減らす」というゲームの目的と同じくらいに意味はない。

きっと監督も「あれ?これってゲーム形式にする意味が全くなくない?」と気付いてしまったのだろう。終盤に「ここでルールを変更します。謎解きはどうでもいい。重要なのはあなたたちの命です」というメッセージビデオが流れる。ある意味では納得の、驚愕の、そして最低の卑怯な展開である。脚本の執筆段階で気付けよ。細かい箇所に至るまで矛盾に満ちているのに、どうして誰も監督を止められなかったのだろうか。