オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『めまい』

Vertigo, 129min

監督:アルフレッド・ヒッチコック 出演:ジェームズ・ステュアート、キム・ノヴァク

★★★

概要

高所恐怖症の男が友人の妻を尾行する話。

短評

いつものハラハラとは異なる種類のドキドキを感じさせる心理サスペンス。サスペンスの舞台が、“現実”ではなく“心”である(当時としては相当に斬新だったのでは?)。タイプとしては巻き込まれ型に近いのだろうが、いつものような緊迫感溢れる展開が待っているわけではなく、幻想的な世界へと迷い込むこととなる。ジャンルについてもスリラーというよりもミステリー的な印象を受けるが、やはりミステリー自体はマクガフィンだったりして、そこはヒッチコックの映画なのであった。

あらすじ

犯人追跡中に同僚を死なせてしまい、高所恐怖症となったジョン(ジェームズ・ステュアート)。警察を辞した彼に、友人のガビンが「妻を尾行してほしい」と依頼する。彼の妻マデリン(キム・ノヴァク)は、何かに憑かれたように、別人のように振る舞うことがあるのだと言う。「神経科に行け」とあしらうジョンだったが、マデリンの美しさに惹かれて尾行を開始すると、“カルロッタ・バルデス”という一人の女性の名が浮かび上がってくる。

感想

“カルロッタ編”となる尾行パートは、軽めのオカルト展開とでも言うべきか。ジョンがマデリンを尾行すると、彼女の買った花束が、そして髪型が、美術館の一枚の絵と同じであることが判明する。絵を描いたのはカルロッタ・バルデスで、自身の肖像画である。加えて、マデリンが立ち寄った墓にはカルロッタの名が刻まれており、ガビンの説明の通り“取り憑かれている”ような印象を受ける。一方で、ジョンが「神経科に行け」と勧める通りに、精神病的な側面も窺える。どっちつかずなフワフワとした状態である。

ここで重要なのは、精神病らしき女を追っているジョンの方も心を病んで高所恐怖症になっている点(高い所に登ると“めまい”を起こす)。本作は、言わば“主客逆転もの”である。尾行する内にジョンはマデリンと恋に落ちるが、彼は“取り憑かれた”マデリンの死を防げない。ここで本格的に病んで入院する。退院後のジョンは、街行くブロンド女が皆マデリンに見え、彼女に“取り憑かれた”状態となっている。そこで出会うのが、マデリンと瓜二つのジュディ(キム・ノヴァク)である。

ミステリーの種明かしは、妻を殺したガビンが、妻に偽装したジュディ(その段階ではマデリン)が飛び降りたように見せかけ、ジョンを証人に仕立て上げるというもの。本作の面白さは、この“結末”が分かってからの方が盛り上がるという点にある。マデリンの幻想を追いかけるジョンがジュディを口説く。一方のジュディも(マデリン時代に)ジョンを愛しているので、彼の求めに応じていく。しかし、ジョンが求めるのはあくまで既に失われてしまったマデリン。ジュディの髪型や服装をマデリン化しようとするジョンの姿は、紛れもなく病人なのであった。一見マトモな彼の方が……という話なのである。このシーンのジョンは本当に怖い。

心を病んだ者が、心を病んだ者を装った者を追い掛け、本当に心を病む。そして、彼を愛し、彼に追われたジュディも、恐らくは心を病み、不安に取り殺される形で命を落とす。ガビンの妻殺し以外は全部精神病世界で繰り広げられているみたいな話だった。

そんな倒錯的ロマンスを見せる本作だが、主題はあくまで“病んだ愛”なので、(たとえ超年の差だろうが)美男美女が恋に落ちるのに理由は要らないレベルの落ち方である。ここもヒッチコックらしいと言えばらしい。ジョンによるジュディ改造は、現代の女性が見れば怒るのではないかと思ったが、当時も普通に批判されたらしい。

単純なハラハラドキドキがないためにヒッチコック映画としては珍しく“分かりづらい”一作となっているが、有名な“めまいショット”や『2001年宇宙の旅』のスターゲートに先行するサイケデリックな悪夢など、映像的な見所は多い。尾行シーンはやや冗長ながら、同じような交差点を曲がり続ける映像が続き、こちらはサンフランシスコの“普通の風景”を映しているだけなのに、同じく悪夢に迷い込んだような感覚があった。

めまい (字幕版)

めまい (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video