オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『守銭奴』

L’Avare(Grandiose Delusions), 121min

監督:ジャン・ジロールイ・ド・フュネス 出演:ルイ・ド・フュネス

★★★

概要

ケチな父と彼の息子による恋の鞘当て。

短評

モリエールの同名戯曲の映画化。原作がどうなのかは分からないが、17世紀に書かれた戯曲がここまでドタバタなコメディになるのかと驚いた。主人公は小さな体躯を活かして忙しなくちょこまかと動き回り、驚異の吝嗇ぶりで観客を呆れさせ、意図的なものとそうでないミスコミュニケーションがドタバタを加速させる。それでも最後は落ち着くべきところに落ち着く辺りが戯曲的大団円だった。

あらすじ

エリーズ(クレール・デュプレ)は、執事のヴァレールに恋をしていた。彼女の兄クレアントは、近所の娘マリアーヌ(アンヌ・コドリー)に恋をしていた。しかし、彼らの父アルパゴンは守銭奴であり、何よりも金を愛する男である。金持ち以外との結婚など認めてれそうにない父に二人が直談判に行くと、なんと父は自身がマリアーヌと結婚すると言い出す。

感想

本作には主に三つの笑いの軸がある。一つは、主演ルイ・ド・フュネスの動きやキャラクターによるもの。低身長の男性が小動物の如くちょこまかと動き回る姿は、それだけも滑稽に映る。加えてフュネスの動作や表情の変化がいちいち激しくコミカルで、吝嗇家の滑稽さが強調されている。彼やチャップリンのようにそれを才能として活かせる人はよいが、「威厳が欲しい」と願う低身長男性には残酷な事実である。そう言えば、「低身長男性ほどケチ」というナポレオンコン・プレックスの研究に関する記事を最近読んだ。これは社会的成功が媒介する疑似相関という気もするが。

二つは、アルパゴンの驚異の吝嗇エピソードの数々。教会で寄付を募る女性からの逃亡劇を繰り広げ(これが回収されるラストシーンは最高)、「家の中の金庫は信用できん!」と宝庫を庭に埋めた上でトラバサミを仕掛け、あらゆる出費を出し惜しむ。召使いたちにはボロボロの服を着せ、「材料費がなきゃ客をもてなせない」と文句を言う調理人ジャック(御者と兼任。上着を脱いで帽子を被れば調理人に変身)には「金、金と言いやがって!」と自らを棚に上げる(ワインは言われるまで注がない。水は多めに注げ)。撮影用の馬を用意せず、壁に描いた“絵の馬”で済ませているというメタなケチ演出も愉快だった。

三つは、意思疎通のすれ違いによるもの。エリーズとの結婚の許しを得るためアルパゴンの機嫌を取りたいヴァレールだが、彼の言い分を全肯定すると、エリーズは50才の貴族アンセルムと結婚させられてしまう(相手が金持ちなので持参金なしで済むのがよい)。彼の「生きるために食べるのだ」という言葉を聞いたアルパゴンに天恵の如く降り注ぐ音楽の滑稽さである。マリアーヌを巡って仲違いしたアルパゴンとクレアントの中に入って伝達役を務める調理人は、双方に忖度して都合の良いことだけを伝えるので、両者の主張が全く逆の形で伝わってしまう。この勘違い構造はもう少し引っ張ってもよかったのではないかと思うが、割と早い段階で本人に明かされていた。

他にも第四の壁を悠々と越えてきたり、宝庫が盗まれて探し回るアルパゴンが驚異の奥行きを持つ引き出しを引っ張り出したりといった小ネタも多い。いきなり舞台に上がったり屋敷から法廷に移動したりと、空間を跳躍した演出も見られた。

全身ショッキングピンク熟女のフロジーヌ。マリアーヌとの結婚を仲介し、褒め殺し作戦でアルパゴンから金を引き出そうとする。彼女がアルパゴンのハゲ頭を鏡として利用する演出が好きだった。チビやハゲといった身体的コンプレックスを利用したネタはなんだかんだで笑える。

庭に埋めた宝庫を盗まれ、子供たちの結婚を認めることで取り返し、次の隠し場所を求めて旅に出るアルパゴン。町を、野を、そして砂漠を旅するシュールで壮大なラストシーンである。ここで寄付金集金女が再び登場して、カゴをチャリンチャリンと鳴らしながら追い掛けてくる展開がピカイチだった。

守銭奴

守銭奴

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守銭奴 (岩波文庫 赤 512-7)