オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『フリーソロ』

Free Solo, 100min

監督:エリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィジミー・チン 出演:アレックス・オノルド、サンニ・マクキャンドレス

他:アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画

★★★

概要

975mの断崖絶壁を命綱なしで登る話。

短評

頭おかしい。この言葉は反語的に称賛の意味で使われることも多いが、本作に登場するアレックスの挑戦については、本来の意味である罵倒と半々といったところだろう。彼についての評価と同様に、この映画についても「見ていられない」と「目が離せない」という二律背反が存在する。たった一つのミスが文字通りの命取りとなるフリーソロ。とにかくクレイジーな偉業である。しかし、それに挑まずにはいられない男がいるのだった。手から糸が出ればスパイダーマンである。

あらすじ

命綱などの安全装置を一切用いず、身一つで断崖絶壁を登るフリーソロ。その界隈で鬼才と言われるアレックス・オノルドは、ザイオンのムーンライト・バットレスヨセミテのハーフドーム登頂を成功させ、次なる目標をエル・キャピタンに定める。フリーソロ方式では前人未到の975mの断崖絶壁である。

感想

我々凡人がフリーソロに対して抱く感情は、恐らく「落ちたらどうするの?」であろう。どうするもなにもない。死ぬのである。この疑問に対してアレックスは、「できるだけ長く生きる義務はない」と答える。理屈である。人は何も起きない幸福な生活に安住することもできるが、それでは何も達成できない。人が「何かを達成したい」と願うならば、そこには必ずリスクが存在する。フリーソロの場合はそのリスクが“死”であり、それと引き換えに手にすることのできる達成感は、挑戦した本人にしか分からないはず。しかし、本作を観ることでそのおこぼれに少しだけ与れたような気になれる。

共同監督を務めるジミー・チンを筆頭に、プロのクライマーが顔を揃えた撮影隊。その甲斐もあり、大変に迫力ある、荘厳な映像に仕上がっている。ドキュメンタリー映画として他では見られない貴重な映像と言えるだろう。ジミーはアレックスと10年来の付き合いであり、彼を追いかけるにはうってつけだと思われるが、友人ならでは悩みも存在する。それは“アレックスの死の瞬間を捉えることになるかもしれない”というものであり、観客よりも遥かに上のレベルで「見ていられない」と「目が離せない」が同居していたことだろう。見事登頂に成功して嬉しそうなアレックスとは対照的に、カメラマンの一人が「二度とやるもんか」と口にする姿が印象的だった。

アレックスには練習パートナーのトミーをはじめとする仲間がいるが、フリーソロ自体は孤独な挑戦である。通常は誰にも言わず、誰にも見られず挑戦するとのことで、撮影隊の存在がノイズやプレッシャーになるという側面もある。そんな周囲との折り合いをつける彼の心中は計り知れないが、とにかく成功してしまうのだから、とりあえず「凄い」としか言いようがない。

撮影隊以外の周囲の人について。恋人サンニはアレックスの挑戦を理解できずとも尊重し、母は「やめてほしいけど、事前に言わないでくれるのが救い」と語る。アレックスの精神力も相当なものだが、彼らも凡人とは別世界に生きていると思う。アレックスはサンニを「クライマーとは言えない」と語っていたが、三十郎氏基準では立派なクライマーだった。しかし、彼女は致命的になりかねない凡ミスをするので、アレックス基準だとダメなのだろう。

アレックスの“頭”が本当におかしいのかどうかだが、MRI検査を受けるシーンがある。正常に機能しているとのことだったが、通常の人ならば活性化する扁桃体の一部が無反応であり、少々の刺激には反応しない身体になっていることは確かだった。これを危険中毒の症状と考えるか。それともいかなる時も冷静に対処できる能力と考えるか。アレックスは登頂成功時に喜びはするものの、叫んだり泣いたりして感情を爆発させることはなく、非常に淡々としているように見受けられた。この辺りも“特殊な冷静さ”の一部か。

フリーソロに命を懸けた人物は大半が命を落としているとのことだが(劇中にも知人死亡の記事が出てくる)、アレックス本人としては死に急いでいるわけではなく、綿密にリスク管理している。“正確な地図”に基づいてルートを設定し、ロープを使用して何度も何度も繰り返して練習。アレックスは「挑戦とは精神を管理すること」と語り、その方法が「繰り返し練習すること」であると。ちょっとした哲学者みたいである。彼はサムライとジェダイの愛好家であった。とは言え、「もし突風が吹いたら……」といった凡人的不安は絶えず(鳥が飛び立つだけでもビクッとした)、今の所アレックスが存命であることを喜びたい。しかし、加齢による体力の衰えがはじまり、それまでよりも低いレベルの挑戦しかできなくなった時はどうやって折り合いをつけるのだろう。

レーニング風景は実地訓練と懸垂の二つだけが紹介されているのだが、他に筋トレしたりはしないのだろうか。彼はバンで生活しており(後にサンニと住む家を買う)、ドアの上枠に取り付けた器具に指先で掴まってよく懸垂している。午前中にエル・キャピタン登頂を成功させ、午後には懸垂している。懸垂マニアである。懸垂こそが最強の自重トレーニング。食生活については、環境負荷を考慮して肉食はやめたとのことだが、卵は食べる緩めのベジタリアンだった。しかし、その前は偏食家だったとのことであり、栄養に対する拘りは比較的薄そう。この他人に管理されていない感じが、競技アスリートというよりも山に生きる求道者的な印象を与える。

それにしても、挑戦の途中に登場したユニコーン男は何者だったのだろう。

フリーソロ (字幕版)

フリーソロ (字幕版)

  • 発売日: 2019/12/04
  • メディア: Prime Video