オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ヒトラー暗殺、13分の誤算』

Elser(13 Minutes), 114min

監督:オリヴァー・ヒルシュビーゲル 出演:クリスティアン・フリーデル、カタリーナ・シュトラー

★★★

概要

ヒトラー暗殺に失敗した家具職人の話。

短評

ヒトラーを殺す42の方法』で紹介された中では最も暗殺成功に肉薄していたと思われるゲオルク・エルザーの話である。本作は暗殺失敗を映画の冒頭に持ってきており、エルザーが行動に打って出るまでのナチス台頭以降の彼の半生を本編として描いている。暗殺計画の内容と失敗についての描写が薄く、失敗したと分かっている者の背景を描く話なので盛り上がりには欠けるが、ドイツ人の誰もがナチスを支持していたわけではないことを示したかったのだろう。これを英雄的行動と称えるべきか。それともドイツ人がそれを描くのは言い訳がましいと思うべきか。

あらすじ

1939年11月8日。ミュンヘンで行われるヒトラーの演説を狙って家具職人のゲオルク・エルザーは時限爆弾を仕掛けるものの、爆発の13分前に会場を後にしたヒトラーは難を逃れる。スイスとの国境で捕まったゲオルクは、爆弾の設計図を発見され、警察とゲシュタポからの激しい尋問に遭う。かつて「臆病で構わない。暴力は解決にならない」としていた青年が大胆な行動に打って出るまでの半生が描かれる。

感想

ヒトラーを殺す42の方法』ではゲオルクが単独犯に徹していた点が評価されていたため、三十郎氏はてっきり彼が孤独な男なのだと思い込んでいた。しかし、本作で描かれている彼の実像は孤独とは程遠い。湖畔で二股を掛けて遊び、女と子供を捨て、人妻エルザ(カタリーナ・シュトラー)を寝取る(出産させるが、子供は死亡)。なんだこのリア充は。(三十郎氏が勝手に孤独だと決めつけていただけなのに)イメージダウンである。

逮捕されたゲオルクだが、即座に処刑とはならない。警察局長ネーベ(後にシュタウフェンベルク大佐の作戦に参加して死刑)とゲシュタポ局長ミュラーによる厳しい尋問が待ち受けている。既に彼の単独犯だと知っている三十郎氏にとっては「拷問しても吐かせられることなんて何もないのに」なのだが、暗殺成功まで後一歩と迫った高度な作戦は、黒幕や協力者の存在を疑わざるを得ないのである。皮膚が裂ける程の“お尻ペンペン”やキリで指に穴を開ける拷問は「ぎょぇえええ!!」と目を背けたくなる痛々しさだったが、むしろ怖さを感じたのは、それらの準備段階の描写である。ゲオルクが拘束され、キリを熱するバーナーに火が灯される。このシーンの「何が行われるのだろう……」という不安が尋常ではない。彼が嘔吐することを前提にタライが準備されるのも良い。吐瀉物は粘度が濃く、ビューッっと豪快に吐き出されるハリウッド映画のそれよりも生々しかった。

Wikipediaにも「諸説ある」としか書いていないので理由は分からないが、ゲオルクは1939年に逮捕され、その後、終戦間近までダッハウ強制収容所で生かされている。彼の処刑が執行されたのは、収容所解放の半月前のことである。描かれたのは史実であり、実際に分かっていないことなので仕方がないのだが、ここは消化不良だった。拷問と自白剤を経て単独犯なのは確定しているようだったので、何か解釈を示してもよかったのではないかと思う。

ゲオルクは共産党シンパではあるものの党員ではなく、強硬な反ナチスというわけでもなさそうだった。迫害されるユダヤ人に同情する描写はあるものの、彼がどうしてヒトラー暗殺に打って出たのかという明確な理由までは分からなった。「ヒトラー=悪」が公式化しているので彼の行動が英雄的に感じられるが、彼の“謎の使命感”とでも呼ぶべき勇気ある行動原理までをも単に英雄的と讃えてよいのか分からない物語となっていた。

取り調べを受けて自供するゲオルクは、「計画が失敗したということは自分の考えが間違っていたということだ」と口にする。三十郎氏として「分けて考えるべき問題をゴチャ混ぜしている」はツッコミたいところだが、失敗と理由の双方に残された余白が、当事者たるドイツ人にとっては“自分の頭で考えるべき疑問”として提示されているのかもしれない。

ヒトラー暗殺、13分の誤算(字幕版)