オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『タクシー運転手 約束は海を越えて』

택시운전사(A Taxi Driver), 137min

監督:チャン・フン 出演:ソン・ガンホトーマス・クレッチマン

★★★

概要

タクシー運転手がドイツ人記者を戒厳令下の光州に連れて行く話。

短評

韓国で1980年に起きた「光州事件」を描いた一作。序盤は民主化デモに無関心な主人公視点のコミカルな雰囲気だが、彼が光州の実情を目の当たりにした中盤以降は一転してシリアスになる。「民衆と軍部の関係」や「報道の役割」といった点は現代社会に通じる部分も多く、面白いと同時に示唆的でもある。ただし、映画的なスペクタルを求めたのか実話ベースの一作としてはやり過ぎな箇所もあり、そこは少し残念だった。

あらすじ

1979年に朴正煕(パク・チョンヒ)大統領が暗殺され、1980年に全斗煥(チョン・ドゥファン)による軍部独裁政権が成立。学生を中心に民主化デモが盛り上がっていたが、ソウルのタクシー運転手のキム(ソン・ガンホ)にはどこ吹く風、「デモのせいで商売上がったり」と苦々しく思っていた。一方、ドイツ人記者のピーターは東京からソウルへ飛び、報道が検閲されている光州の取材を試みる。食堂で「外国人を乗せて光州へ行けば10万ウォンの報酬」という話を盗み聞きしたキムは、ピーターの目的を知らぬまま仕事を横取りする。

感想

「途中からジャンルの変化する映画」のことを何と呼ぶのだろう。韓国映画だとどうしても「ポン・ジュノみたい」と言いたくなるが、その通りポン・ジュノ的なコミカルからシリアスへの転換がある一作である。本作だと、ターニングポイントは光州のテレビ局炎上の辺りだろうか。これには「仕切り直し」の他に「後半の悲壮さを強調」する効果もある。更に、観客が気乗りしづらい“重い話”への参入障壁を取り除く。改めて優秀な手法だと感じた。

ソウルでデモを見たキムは「ボンボン学生どもめ」と毒づき、「韓国ほど暮らしやすい国はない」とかつて出稼ぎに行ったサウジアラビアと比較する。「息子が軍人に殴られた」という話を聞けば、元軍人として「軍がそんなことするはずない」と擁護する。抗議内容よりも抗議者の背景を叩き、思い込みを基に現状を肯定する。驚く程に見慣れた光景である。そんな彼が、光州で実際に起きている軍の市民への弾圧を目の当たりにして考えを一変させる。しかし、光州に行く前の彼を責めることはできまい。“現場”を見なければ分からないのである。彼が娘ウンジョン(ユ・ウンミ)に告げる「時には我慢も必要」も、現場を見て初めて分かる「我慢の内容」が問われることが示唆されている。

しかし、彼のように現場へ赴く機会を持つ人は稀である。そこで報道の出番となる。ただし、地元新聞は検閲されているため(「政権に敵対的な記事を載せても倒産するだけ」との自粛も)、外国人記者が希望の星となる。地元民がピーターらを歓待するのは、起きている事が表に出れば自分たちの正しさが理解されるという確信もあるのだろう。ある者は自らの身を挺してピーターを守りさえする。ただ局所的にデモを起こすだけでは、権力者は容易に鎮圧できてしまう。彼らに鎮圧可能な域を超えて活動を広げるために必要なのが、情報の拡散なのである。

しかし、これを自分の生きる現代に置き換えてみると、報道の仕事をただ称賛してばかりもいられない。第一に、現代の報道機関はどの程度信頼に足る組織なのか。劇中のニュースや新聞は「学生と反社会勢力が光州に集結」と大嘘を垂れ流しているのだが(最近同じような言説を見かけた気が……)、そこまでいかずとも恣意的な切り取りと偏向の歴史が積み重なり(又は自分の都合に合わせてそうだと解釈)、報道機関と取材源の癒着を知れば、自然と報道に対して疑いの目を持つこととなる。それは最終的に「自分に都合の悪いものは全てフェイクニュース」という極論にまで行き着く。

第ニに、現代は当時のような検閲による情報統制はほぼ不可能である。全員が常にカメラを携帯し、即座に情報を発信することができる。総ジャーナリスト時代である。その意味で報道機関の存在感が低下している。しかし、アマチュアには報道倫理など存在しないため、自分に都合の良いものを切り取って発信するだろう。本作は全く罪のない市民が軍部に無抵抗で虐殺されたという描き方をしているものの(これ自体は事実として存在したのだろうが)、市民が軍の武器庫を略奪したいう劇中では無視された記述も見られる。情報量だけが増えても全体像が分かるとは限らない。情報選択と発信の恣意性は、皮肉にも映画の歴史が証明している。本件のように過去の出来事であれば検証もできるだろうが、現在進行系の出来事はそうもいかない。かと言って、「どうせ無理なら都合の良い情報だけでいいや」と思考停止するのでは無責任なのも難しいところ。

ジャンルの転換という構成の面白さに加え、映像的スペクタルも見逃せない。デモ隊と軍部の衝突は迫力たっぷりである。あのシーンは街の一部を閉鎖して撮影されたのだろうか。検問時にトランクに隠したソウルナンバーのプレートを心ある軍人が見逃してくれるシーンも緊張感たっぷりだった。それらの“ありそうな”場面だけでも十分に見せ場が成立していたので、タクシーによる怪我人救出作戦や、ちょっとした『ワイルド・スピード』になっているカーチェイスは過剰演出だと思った。地元タクシー運転手たちの協力は熱い展開ではあったが……。アクションシーンは私服軍人からの逃走劇だけで十分だったのではないか。光州の内部と外部での温度差に衝撃を受けたキムが引き返すドラマ的に大きな見せ場もあることだし(彼は当然かつての自分を重ねたからこそ泣いたのだろう)。

本作は『殺人の追憶』よりも明確な形で“誰かに呼びかける”ラストとなっている。ピーターのモデルとなったユルゲン・ヒンツペーター氏本人(映画の公開時には死去済み)がタクシー運転手に再会したいと願う映像で締めくくられる。その後、映画のヒットを受けて運転手の(娘ではなく)息子が名乗り出て、事件の四年後に亡くなったことを明かしたそうである。彼が事件直後に偽名を教えた心理は理解できる。自分や娘のことを思えば、外国人記者と交流することに対して不安があって当然だろう。もし彼が生きていたら、平和になった韓国で二人は再会を果たせたのだろうか。本当は「こんな面倒は二度とゴリゴリ」なんて思ってただけなら嫌だな。

ピーターがくジェシクに告げる「You're not alone.」が「もう大丈夫だ」と訳されていたのが気になった。これはピーターが彼らの仲間であると同時に、世界に仲間が広がるという二つの意味を持つため、ただ「大丈夫」では意味合いが変わってくる。

タクシー運転手 ~約束は海を越えて~(字幕版)

タクシー運転手 ~約束は海を越えて~(字幕版)

  • 発売日: 2018/11/02
  • メディア: Prime Video