オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『バグダッド・カフェ ニュー・ディレクターズ・カット版』

Out of Rosenheim(Bagdad Cafe), 108min

監督:パーシー・アドロン 出演:マリアンネ・ゼーゲブレヒトCCH・パウンダー

★★★

概要

ドイツ人観光客が砂漠の寂れたカフェで手品をする話。

短評

“ミニシアター系”と称される映画群を代表する一作。有名な作品だからと気負わない方がよい。土曜の昼に少しぬるくなったビールを流し込みながらボンヤリと眺めるのが丁度よい映画である。言葉少なで、決定的に面白い展開があるわけではないが、意味深という感じもしないので難解さに頭を悩ませる必要もない。それでもなんとなく面白かったり、クスリと笑えたりする。雰囲気映画である。舞台となったカフェは実際に営業しているようだが、映画の人気故に店内の雰囲気が変わってしまっているようである。

あらすじ

夫婦でアメリカを旅行中に喧嘩して車を降りた巨漢ドイツ人のジャスミン。彼女は重いトランクを引き摺りながら歩き続け、モハーヴェ砂漠の中にあるモーテル併設の寂れた“バグダッド・カフェ”に辿り着く。そこの女店主ブレンダは、「そんなにガミガミ言うなら出てく!」と夫に逃げられる程に怒りっぽく、客であるジャスミンに対しても敵対的だったが、二人は徐々に打ち解けていく。

感想

バグダッド・カフェは、コーヒーの出てこないカフェというカフェとは呼びづらい店である。映画冒頭ではコーヒー・マシンが故障していて、ブレンダの夫サルが拾ってきたポットに入っていたコーヒーを提供している。これはジャスミンの夫が道に放置したものなので、妻を探して店を訪れた夫が(そうとは知らず)飲んだら「美味い!」と、常連客コックスが飲んだら「まっず!水の方がマシ」となる。マシン復活後のコーヒーをジャスミンが「茶色い水」と称していることからも、夫の味覚が狂っているわけではなく米独でコーヒーの好みに違いがあるらしい。最終的には従業員カヘンガが、ジャスミン好みの強めのコーヒーをポットにハンド・ドリップしている。こうした細かくも味わい深い描写が全編に溢れており、退屈な物語でありながら退屈な映画ではないのだった。

ドイツ人は綺麗好きなのかお節介なのか、ジャスミンがオフィスを“無許可で”掃除したことからオンボロのバグダッド・カフェの再興がはじまる。常にイライラしているブレンダは「誰が掃除していいって許可した?こんなのじゃ仕事にならない」と罵るのだが、「ごめん、ちょっと言い過ぎた」と謝るように心境を変化させていく。寂れたカフェと同様に彼女も、宿泊客たちも、なにか寂しさのようなものを心に抱えている。それを殊更に強調するわけではなく、ジャスミンが彼らの心を氷解させて隙間を埋めていく展開を手品で隠喩するのは、分かりやすくも素敵だった。偶然だったはずの出会いが、なにか運命的であったかのように感じられる(終盤の展開は少々出来過ぎにも思えるが)。

ジャスミンを演じるマリアンネ・ゼーゲブレヒトの肉塊的おっぱいは全く嬉しくなかったのだが、画家のコックスが、モデルとなる彼女を徐々に脱がせていくシーンは面白かった。メイン二人以外の登場人物たちも不思議と魅力的な一作である。モーテルの一室でタトゥー店を営むデビーは、「仲が良すぎる」と言い残して去っていく。ほとんど物言わぬ彼女の真意は不明だが、皆が仲良くするだけのご都合主義的大団円とは一線を画すほろ苦さを残す。ヒッチハイカーでテントを張って生活するエリックは、ブーメランで遊んでおり、「ブーメランって投げた人の元にちゃんと戻ってくるんだ……」と感心した。サルは、遠くから双眼鏡で店の様子を覗いたり、手品ショーを見に来てもブレンダと話さずじまいだったが、一体何がしたかったのだろう。

そして、なんと言っても主題歌の“I'm Calling You”である。気怠くて、寂しげで、甘ったるくて。映画全体を象徴するかのような一曲である。夕暮れ時にこの曲を聞きながらボーッとする。たまにはそんな時間の過ごし方があってもよい。

この配信バージョンの字幕では「ジャスミン」表記だったのだが、「ヤスミン」表記のサイトが多い。三十郎氏が以前観た時の字幕は「ヤスミン」だったように記憶している。ドイツ語の発音としては「ヤスミン」なのだろうか。本人は「ムンシュテットナー」と名乗っているし、周囲のアメリカ人たちは「ジャスミン」と呼んでいる。扱いが難しい。