オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『殺人の追憶』

살인의 추억(Memories of Murder), 130min

監督:ポン・ジュノ 出演:ソン・ガンホキム・サンギョン

★★★★

概要

韓国の農村で起きた連続殺人事件。

短評

パラサイト』と並び立つポン・ジュノの代表作。華城(ファソン)連続殺人事件という製作当時の未解決事件を基としている。映画の序盤は、陰惨な事件とは対照的なポンコツ刑事によるコミカル(で間抜け)な捜査が繰り広げられ、中盤以降は一転シリアスになり、犯人に手が届きそうで届かないもどかしくもスリリングな物語へと変貌する。エンタメとして非常に楽しく、同時に社会に対する鋭い洞察もある。大変に見応えのある一作である。

あらすじ

1986年10月。田園地帯の用水路で強姦された女性の遺体が発見される。パク刑事(ソン・ガンホ)らによる捜査は遅々として進まず、12月には二人目の犠牲者が出る。パクは恋人ソリョン(チョン・ミソン)の噂話から、二人目の犠牲者に付きまとっていたとされる知的障害者のクァンホを犯人と断定して強引に自白を迫るも、ソウルから来たソ刑事(キム・サンギョン)の指摘により釈放。ソは二つの事件の共通点から失踪中の女性が同一犯の被害に遭ったと断定して三人目の遺体を発見するも、犯人の逮捕には至らず、その後も事件が続く。

感想

映画の序盤は警察のポンコツぶりばかりが強調されている。鑑識の到着が遅れて現場保存はまともにできないし、パク刑事は、証拠の捏造と同僚ヨングによる拷問まがいの取り調べでクァンホに自供させようとする。笑ってしまうくらいの酷さである。他にも、男刑事を女装させての現場検証は泥まみれの大混乱に陥るし、食堂の料理は麺が固まっていて食べづらそうだったりして(均一に割れない割り箸も)、明確に笑いを意識している部分が多い。

登場シーンでパクによる坂の高低差を利用した華麗な飛び蹴りの被害に遭う大卒の理論派、ソ刑事(ヨングによる二度の飛び蹴りも見事)。彼が捜査に口を挟み出すようになり、少しずつ映画がシリアスになっていく。彼が「雨」と「赤い服」という共通点に気付くことで、雨の夜が恐ろしいシーンへと変貌する。婦警ギオク(コ・ソヒ)のラジオの件もあり、徐々に犯人像が見えてくる。しかし、パクの「犯人はパイパンに違いない」理論による銭湯の調査なんかがあったりして、この段階ではポンコツ路線も継続されている。

ターニング・ポイントとなるのは、犯行現場に現れた屋外自慰行為男の追跡劇だろう。夜間、犯行現場に現れた男がパンツの中から女性用下着を取り出し、地面に並べて自慰をはじめる(本人も赤い女性用パンツを履いている)。観客は「こいつが犯人だ!」と思うし、それまでポンコツ一辺倒だったパクのお手柄もあるのだが、容疑者の「シコシコするのは罪ですか?」の言葉の通りに殺人の証拠はない。ここから先は笑いが消失し、犯人が逮捕されないことに対する苛立ちと焦燥感が募っていく。このジャンルの転換にも近い雰囲気の変化は、映画に対する興味の持続という点で非常に効果的だと思う。中盤に観客の集中が弛緩しそうな辺りでの仕切り直しである。

もう一人の決定的な容疑者にも「こいつが犯人だ!」と確信させるような描写で期待を抱かせながら(「柔らかい手」証言からの中性的な男性の登場でゾクッと来た)、再度犯人に手が届かない絶望が突きつけられる。着任当初は「書類はウソをつかない」という理論派でパクらの手法を非難していたソが、「証拠がない」と嘆くパクに対して「自白させればいい」と態度を変化させているのが象徴的だった。

このように連続殺人事件を物語の軸としながら、背景には韓国の社会事情が見え隠れしている。笑って流してしまった杜撰な捜査や拷問もそうなのだろうが、犯人逮捕まであと一歩まで迫った時に抗議デモ鎮圧のために機動隊の応援が得られず凶行を許してしまったりと、事件への“時代”の影響を窺うことができる。そして、警察を辞めてサラリーマンとなったパクが2003年に事件現場を再訪すると、地元少女が「同じ事をしているおじさんを見た。普通の顔をしてた」と言うのである。刑事時代とは顔つきが変わり普通の人となったパクと同じく、犯人も普通の人となって社会のどこかに紛れ込んでいる。たとえ時間が流れても、過去の“時代”が消え去るわけではない。パクが用水路を覗き込むように、今も探せば隠れているものが顔を出す。

各事件には、ルーティーン的な共通点(雨の日、赤い服の女、ラジオのリクエスト曲)にはじまり、遺体の膣に桃やスプーンなどを詰め込むといったシリアル・キラーらしい猟奇性が見られる。「こいつはよっぽどヤバい奴が犯人に違いない」と思うわけだが、それが“普通の顔”をして社会に溶け込んでいるというのは、色々な意味で怖いラストだった。DNA鑑定は不一致となったが、本作は容疑者ヒョンギュを犯人として考えていたとしてよいのだろうか。

本作のラストシーンは、未逮捕の真犯人に対してパク(元)刑事の視線を投げ掛けたものと言われている。しかし、昨年DNA検査により犯人と断定され自白したとされる男は、映画の公開時には別の罪により既に収監されていたそうである。監督の意図通りに犯人に届かなかったとしても本作の価値を毀損することは全くないが、実際にあの視線が届いたのかどうかはやはり気になる。「公訴時効成立のため罪には問えないが、真相を究明する」と報道されていたが、続報はないのだろうか。三十郎氏の調べた限りでは、真相よりも当時の杜撰な捜査が浮き彫りとなっているそうである。

パク刑事にアクション映画と推測される映画『ボディ・ヒート』。ドリュー・バリモア主演の『ボディヒート(Poison Ivy)』は事件よりも後の1992年公開のため、きっと1981年公開の『白いドレスの女(Body Heat)』のことなのだろう。残念ながらどちらもアクション映画ではない。もっとも後者も事件のあった1986年とは公開時期がズレているので、同名の韓国映画だったりするのだろうか。

 

*追記

元ネタとなった事件の詳細と続報についての記事があったのでリンクを貼っておく。犯人は映画を観ていたのだ。

殺人の追憶(字幕版)

殺人の追憶(字幕版)

  • 発売日: 2014/06/07
  • メディア: Prime Video