オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『薄氷の殺人』

白日焰火(Black Coral, Thin Ice), 109min

監督:ディアオ・イーナン 出演:リャオ・ファン、グイ・ルンメイ

他:金熊賞

★★★★

概要

北の町の美しき連続殺人犯。

短評

玲瓏なるファム・ファタールの魅力が尋常ではない中国製ノワール映画。雪深い寂れた町を照らし出すネオンの光が退廃的な空気を漂わせる一作である。三十郎氏がファム・ファタールに求める条件は、「危険だと分かっていても魅力に抗えない」というものなのだが、本作はその意味で完璧だったと言ってもよい。しかし、物語は彼女の完璧なファム・ファタールぶりを逆手に取るかのようなある種の逆転構造となっており、普段なら分かることが分からないが故の余韻を残した。

あらすじ

1999年。中国北部の工場で、石炭に紛れ込んだバラバラの遺体が発見される。見つかった服と身分証から遺体の身元がリアン・ジージュンと断定されるが、容疑者のトラック運転手は警察の捜査に抵抗して射殺され、真相不明のまま時が過ぎる。それから五年後、事件の捜査を担当したジャンは、妻に逃げられ、工場の警備員として暮らしていたが、元同僚のワンと再会する。ワンによると、2001年と最近に二件の殺人事件が起こっており、そのいずれもが五年前の被害者リアンの妻であるウー・ジージェン(グイ・ルンメイ/桂綸鎂)に関係していた。

感想

通常、ファム・ファタールというのは、“男を滅ぼす悪女”である。ところが、ジャンの場合はウーと本格的に関わる前から既に自ら落ちぶれている。「これが最後って言ったでしょ」とセックスの後に妻に捨てられ、酒浸りの日々を送っているのである。「怪我で異動の警官」という発言があったので籍は警察に残っているのかもしれないが、警察としても活動していない。それが、彼を滅ぼすはずのファム・ファタールと関わることで警察官に戻っていくという逆転のノワール映画である。

そうは言えど、ウーが意図してか意図せずしてなのか、男を滅ぼすファム・ファタールであることに変わりはない。彼女のファム・ファタール的魅力が極まっているのは、観覧車のシーンである。99年の事件の真相を嗅ぎ付けたジャンが、彼女を観覧車に誘い、「分かっているぞ」とばかりに遺体の本当の身元に繋がるクラブ“白昼の花火”を見るように仕向ける。「今の内に自分から話せ」と迫るジャンに対し、ウーは「どういう意味?」と白を切り、それでも迫るジャンの口をキスで塞ぐ。一度は抵抗するジャンだったが、ジョニーに抗し切ること叶わず観覧車内でウーと交わる。この葛藤である。“分かっていながらの抗えなさ”である。「もう騙されてもいいや!」である。「ファム・ファタールかくあるべし」が詰まっている最高のシーンだった。

しかし、ジャンは翌日警察に通報し、ウーは逮捕されてしまう。「あれっ?魅力に屈したんじゃなかったの?」と大変に困惑した。その上、ジャンは、ウーが街路樹の根元に埋めた決定的な証拠となる遺骨のことは黙っていたり、(ジャンと思われる酔っ払いが)現場検証の時に“白昼の花火”を打ち上げていたりして、彼が何を考えているのか分からずじまいなところがあった(ついでにあのポップなEDも)。ファム・ファタールの心を読み切れないのではなく、主人公の心を読みきれない辺りも、ノワール映画の逆転構造と言えるのだろうか。それにしても一発ヤッたくせして何がしたかったのだろうか。三十郎氏なら全力でウーを庇うのに。もしかしてジャンの方が“女を滅ぼす悪い男”だったのか。ウーが目に涙を浮かべながら「私がやりました」と自白したのは、愛した男に裏切られたからなのだろうか。

最後まで観た上で他に腑に落ちなかったのは、ウーとリアンの犯行の真相である。99年の事件については、弁償金代わりに身体を求めた男をウーが殺害したと自供するが、残りの二件については、ウーに迫る男をリアンが殺害したとされている(ウーを尾行するジャンが気付く足跡もこれだろう)。ところが、ウーが働くクリーニング屋のセクハラ店主は放置されている(このシーンが熱気が凄い)。こいつも殺すべきだろう。何か見落としている真実が他にあるのか。

ウーを演じるグイ・ルンメイ。台湾出身の女優である。虚ろで寂寥感をたたえる瞳とキリッとした鼻筋。清楚な外見とは裏腹な男性関係。儚げで、弱々しくて、それでいて心に何かを秘めていそうで。圧倒的美女なのに幸薄で。彼女の白い肌が寒さで赤らむ美しさを何と形容すればよいのだろう。おまけに細身のニット巨乳である。反則である。これには誰だって惑う。ハリウッド映画の洗脳により普段は白人女性にばかり魅了されている三十郎氏だが、久々にアジア人女性に心酔した(可愛いタイプでなく美人タイプに惹かれるのはいつ以来だろう)。

そのか弱さには同情なのか恋心なのか分からない“何か”を禁じ得ず、たとえ「彼女が犯人なのだ」と分かっていても、「犯人であってほしくない」という気持ちがフル稼働する。本作では“悪女”と言い切れない悲しい事情を秘めた女性であったわけだが、通常のファム・ファタールよろしく行動しているのだと信じ込ませる圧倒的な説得力があった。彼女の放つ色香に完膚なきまでにあてられてしまった。三十郎氏がどのような女性に惹かれるのかを理解したければ本作を観ればよい。そんな不浄なものを誰も理解したくないだろうが、きっと三十郎氏以外の男にも通用するはずである。

薄氷の殺人(字幕版)

薄氷の殺人(字幕版)

  • 発売日: 2017/07/07
  • メディア: Prime Video