オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『幸福(しあわせ)』

Le Bonheur(Happiness), 80min

監督:アニエス・ヴァルダ 出演:ジャン=クロード・ドルオー、マリー=フランス・ボワイエ

★★★★

概要

幸福な四人家族の夫が浮気する話。

短評

こんなにも男にとって都合のよい話が……と思ったら、都合の悪いことが起こって納得……と思ったら、更にその先がある映画である。正直理解不能である。ゾッとした。なんだか怖くなった。アニエス・ヴァルダという監督は、「幸福」という感情に対してどれほど突き放した見方をしているのだろうか。序盤の微笑ましい家庭描写からの浮気の部分までは映像がお洒落なだけで凡庸なのだが、終盤の展開が見え方を虚しくも一変させてくれる。「幸せって一体何なのだろう……」と途方に暮れた。

あらすじ

おじの営む内装業者で働く夫フランソワ(ジャン=クロード・ドルオー)と自宅で仕立ての仕事をする妻テレーズ(クレール・ドルオー)。二人の可愛い子供たちにも恵まれ、慎ましくも絵に描いたような幸せな生活を送っていた。しかし、フランソワが出張で訪れた町でエミリ(マリー=フランス・ボワイエ)という女性と出会い、二人は恋に落ちて関係を持つようになる。

感想

夫の不倫により家庭が崩壊するというよくある泥沼ものではない。フランソワは、「私はこの関係で満足よ。愛してね」とのたまう理解ある不倫相手と逢瀬を重ねながら、妻ともこれまで通りの生活を送っている(性生活もある)。しかし、「あなた最近嬉しそうね。何かあった?」と勘付く妻に対して「僕はウソがつけない。二人とも愛してる」と事実をつげる。この後、妻が理解を示したかのように性交したが……というところまでは「そんなうまい話があるわけないよな」「二兎を追う者は一兎をも得ず」と納得したのだが、その後釜に何事もなかったかのようにエミリが収まっているラストに戦慄した。

フランソワがエミリに惹かれる理由自体はありふれたものである。愛してはいるが性的に控えめな妻の代わりに“激しい女”を求めたに過ぎない。これは、「ブリジット・バルドージャンヌ・モローのどっちが好き?」と妻に訊かれて「女なら君が好き」と答えながら、職場のロッカーにはブリジット・バルドーの切り抜きをペタペタと貼り付けていることからも明らかだろう。彼は妻を植物に、愛人を動物に例え、「両方を愛する」と主張している。ところがこれを単純な情欲として完結させることなく、同じく愛だと扱う冷めた視点が本作の怖いところである。

展開から考えてテレーズは明らかに自殺だと思ったのだが、それにしては周囲のリアクションが可怪しい気もする。二人の子供は事情を飲み込めないとしても、周囲は色々と察さざるを得ないだろう。テレーズの入水シーンには枝に捕まろうとする動作が含まれており、自殺ではなく事故だった可能性もある。これがどちらなのかによって周囲の反応は変わってくるだろうが、フランソワ本人にとってはいずれも自殺と認識されるはずであり、三十郎氏はこの男に薄ら寒さを覚えずにはいられないのであった。もしテレーズが死ななかったとしたら、身勝手に思えるフランソワの並列的な愛が完全肯定されていたのだろうか。それとも入水シーン自体がフランソワにとって都合のよい想像だったのだろうか。

これは鑑賞後に分かったことだが、監督の恐ろしさがキャスティングに極まっている。フランソワとテレーズを演じるのは本当に結婚しているドルオー夫妻であり、なんと二人の子供ピエロとジズーも彼らの子供なのである。フランソワを演じるジャン=クロード以外は本作が唯一の出演というのがなんとも……。なんて残酷なことができるのだろうか。「愛や幸福なんて身勝手で薄っぺらいもの」というだけならまだしも「お前たち家族の幸せだって所詮はこんなもんだぞ」と通告しているようではないか。特に妻はよく出演を承諾したものだと思う(おっぱいまで見せてるし)。

フランソワとエミリがカフェで会話するシーンのお互いの視線演出が良かった。それまでの「また会えるね」や「いいカフェはない?」の台詞からもフランソワがごく自然に悪びれることなく不倫相手を求めていることが伝わってくるのだが、彼はカフェでエミリーの胸元を見つめている。ジョニーあるあるな視線である。一方のエミリはフランソワの後ろのカップルを見ており(目の前にいるフランソワの顔はボカしている)、こちらの意図は定かではないが、男女の違いを感じられるシーンである。

三十郎氏はフランソワを中心に本作を観たため、「なんて身勝手な男だ」「監督の幸福感はすごく冷めてるな」と思うわけだが、エミリを中心に考えてみるとどうだろう。そして、(これは推測ですらない妄想だが)もし監督のアニエス・ヴァルダがエミリのようにジャック・ドゥミを誰かから(不倫ではなくとも)寝取る形で結婚していたとしたら……。監督の怖さがフランソワと同種のものに変化する。自分全肯定である。もしもこれが正解なら映画が二重の狂気に包まれてもっと怖くなるので、ちょっとだけそうあってほしい気もする。身勝手な男を描いて自分の身勝手さが浮かび上がるなんて皮肉が存在したら最高ではないか。

幸福 しあわせ

幸福 しあわせ

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