オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『最愛の子』

親愛的(Dearest), 128min

監督:ピーター・チャン 出演:ヴィッキー・チャオ、ホアン・ボー

★★★

概要

誘拐された息子を探す話。

短評

実話を基に中国の児童誘拐を描いた一作である。子を奪われた親の悲しみを“被害者”と“加害者”の両面から描くという物語的な意外性の面白さに加えて、中国社会や制度のアレコレが見え隠れする背景描写も興味深い。加害者が実質的な主役なのに感情移入しづらいという問題点はあったが、複雑にこんがらがったテーマと要素を、なんとか一本の映画に落とし込んでいたと思う。

あらすじ

2009年、深セン。場末のネットカフェを営むティエンは、金持ち男と浮気して離婚した元妻ルー(ハオ・レイ)から三才の息子ポンポンの親権を勝ち取るものの、目を離した隙に何者かに連れ去られてしまう。ティエンとルーは、報奨金目当ての偽情報に踊らされるも、行方不明者の親の会に参加して粘り強く捜索を続け、三年後、安徽省で遂に息子を発見する。

感想

「あらすじ」の部分が、言わばAパートである。ポンポンがティエンとルーを覚えていないという物語はその後にも引き継がれるものの、Bパートに入って主役が交代する。視点の逆転である。Aパートではティエンとルーの二人が“悲劇の両親”だったわけだが、Bパートではポンポンの“母”リー(ヴィッキー・チャオ)が“悲劇の母親”となって子供を取り戻すべく深センへと向かう。リーの夫ヤン(死去済)による誘拐が確認されたポンポンは無理なのだが、ヤンが「深センの工事現場で拾ってきた」と言う“妹”ジーファンを取り戻すべく彼女は戦うのである。

三十郎氏の感覚だと「そんな阿呆な」である。ジーガン(=ポンポン)は「深センの女に産ませた」。ジーファンは「拾ってきた」。そんなことが信じられるか。ティエンがポンポンを奪還してリーが警察に連行された際にジーファンの存在を隠そうとしていたことや、弁護士カオに「本当に誘拐って知らなかった?」と尋ねられた後の“間”からも後ろめたさが見え隠れしている(後者は後で回収されるが、三十郎氏的には知ってたことになる)。三十郎氏にはどうもリーが“悲劇の母親”に見えず、どちらかと言えば本編になっている彼女の物語に感情移入できなかった。桃のアレルギーについての話でティエンが彼女に同情するシーンがあるが、三十郎氏なら「そんなのお前に言われなくて知ってる」と逆に腹を立てるだろう。知っていた上での「それでも!」という“母”の愛を描いたという見方もできるが、彼女が本当に夫を信じていたのかどうかで印象が大きく変わるので、本作の描写では消化不良だった。

リーを演じているのは『少林サッカー』のスキンヘッド美少女だったヴィッキー・チャオで、40才が迫り、田舎の農民風のメイクをしていても隠し切れない美人である。ところがEDロール前に登場するモデルとなった女性は“素朴な農民”を絵に描いたような外見で、「夫の言うことを素直に信じ込んじゃったのかなぁ……」とも思ってしまう純朴さがあった(それでもなお疑わしいと思うが)。一方で、彼女が身体を使って工事現場の作業員に証言させる展開は、本人の容姿では成立しづらいのではないかと思う。彼女からホテルに呼ばれた作業員がウキウキでスーツを着込んで行くも、ボロボロの相部屋でちょっと引く姿が笑えた。彼は本当に捨て子を目撃していたのだろうか。

面白いの描写が多いのはAパートの方である。ポンポンは失踪直前にルーの車を追いかけていて、ルーはこれに気付かない風だったのだが、実は気付いていて後の自責の念に繋がる。“被害者”が追い詰められる感じがよく出ていた。誘拐は身代金目的ではなく人身売買が疑われており、捜索を呼びかけるティエンは「道端で物乞いをしている子に目を配ってくれ」と頼んでいる。「誘拐」という言葉も国によって持つ意味が異なる。「子供のために」という言葉を自分のために使いがちなルーの姿も描かれていたりして、事件と人間の両面での複雑さが垣間見えた。

制度面についての描写も興味深い。警察は失踪後24時間は事件として扱うことができず、初動が遅れたことでポンポンは連れ去られる(映画では分かりやすくニアミスが起こる)。日本での対応はどうなっているのだろう。被害者側に立つとお役所仕事に腹を立てたくもなるが、基準を設けず全てのケースに対応すると、今度はリソース不足で助けられるはずの者を助けられなくなる。

もう一つ興味深かったのは、一人っ子政策である。被害者会の主催者ハンは、息子と過ごすティエンの姿を見て「もう限界だ……」と次の子供をつくる(妻ファン・ユンを演じるキティ・チャンも美人)。「諦めて次に進むことも大切だ」と正当化してあげたいところなのだが、一人っ子政策下の中国では“出産許可”というものがあり、それを得るためには行方不明の子供の“死亡届”が必要なのである。法的に死なせないと次に進むことすら許されないという制度の残酷さをまざまざと見せつけられた。認知症の母と二人で暮らす弁護士カオも一人っ子政策の“被害者”ということか。なお、一人っ子政策は2016年に緩和されたとのことである。

ポンポンが“生みの親”と“育ての親”の間で戸惑う点は、それほど掘り下げられていない印象である。三才で誘拐され、六才で発見された時に、“生みの親”のことをすっかり忘れてしまっているものなのだろうか。そこで洗脳じみたことが行われていたなら、なおさらリーに同情の余地はないし、自然なことなら特に大きな問題でもないということになる。上述のリーの問題もあり、「親子とは何か」を考えさせるには不十分な描写だったと思う。ポンポン奪還後の描写では、ティエンがポンポンから片時も目を離さず、眠る息子を肩に担いで移動しているのが印象的だった。

映画の冒頭でティエンが電線の工事をしている。複雑に絡み合って収集がつかなくなっている電線がアジア各国で見られるが、このこんがらがり具合が物語を象徴していたように思う。それは置いておいて、三十郎氏はあの電線の不思議な芸術性を愛してやまない。景観のために日本では電線地中化を進めてほしいと願いながら、アジア的カオスの象徴として他国では残してほしいと身勝手極まりないことを考えている。一枚目の写真はインドのデリーで、二枚目は中国の蘇州で撮影したものである。

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最愛の子(字幕版)

最愛の子(字幕版)

  • 発売日: 2016/08/02
  • メディア: Prime Video