オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『トリコロール/赤の愛』

Trois Couleurs: Rouge(Three Colors: Red), 99min

監督:クシシュトフ・キェシロフスキ 出演:イレーヌ・ジャコブジャン=ルイ・トランティニャン

★★★

概要

美人女子大生モデルと盗聴趣味の退官判事。

短評

トリコロール』三部作の三作目。「赤」のテーマは「博愛」である。具体的にどんな謎を追いかけているのかもよく分からないミステリアスな物語に不思議と引き込まれた。やはりジャンルの力は偉大である。三部作をまとめる大団円としては運命論や神秘性といった苦手なモチーフが前面に出ていて少々腑に落ちなかったが、老人と美女の奇妙な関係自体はとても楽しく観られた。本作はラストを除けば『』と同等で、三部作全体も『』以外は楽しめた思う。これでひとまずお別れになる監督の名前は覚えられそうにない。

あらすじ

モデルとして働く女子大生のヴァランティーヌ(イレーヌ・ジャコブ)。ある日、車を運転中に犬を轢いてしまい、首輪に書いてある住所を訪ねる。そこにいたのはジョゼフという退官判事で、隣人の盗聴を生活の一部とする変人であった。盗聴のことを知り反発するヴァランティーヌだったが、ジョゼフとの間に奇妙な絆が芽生えていく。

感想

ヴァランティーヌは良い子である。そこに偏屈老人ジョゼフが現れて、彼女の心や正義感に波紋を呼び起こす。ジョゼフの「良いのか悪いのかは分からんが少なくとも真実が見える」という盗聴生活や厭世的な人生観にも奇妙な魅力や鋭さがあるが、博愛の人に接することで孤独な老人の心が氷解していく。本作の主人公であり、観客の視点はヴァランティーヌのはずだが、心の揺れ動きがより強く表現されていたのは老人の方だったのではないかと思う。

ヴァランティーヌとジョゼフの物語と並行して、オーギュストという法学生と彼の恋人カリン(フレデリック・フェデール)の物語が描かれる。後者の物語はジョゼフの過去をなぞる形になっており、かつての盗聴老人と同じくオーギュストは年上彼女を寝取られる。苦学生時代を支えてくれた恋人を成功した男が捨てるというのが典型だと思うのだが、本作では逆だった(判事は儲からないのか)。

本作のラストで三部作の主要人物六人が一堂に会して(果たしてカロルはどう“生き返った”のか)、ヴァランティーヌとオーギュストがくっつくことが示唆される。これはジョゼフとオーギュストが『ふたりのベロニカ』的な関係で、ジョゼフの失敗によりオーギュストが導かれたということになるのだろうか。ヴァランティーヌの恋人ミシェルは世界各地を飛び回って忙しくて会えない上に、彼女が電話に出られないだけで浮気を疑う嫉妬深い男である。これを「実直な法曹者と結ばれてよかったね」と捉えるべきなのか。男二人が救われて女も救われたとしてしまうのは、どうも男に都合が良すぎるような気がしなくもない。

きっと三十郎氏がこの運命論的な物語に心惹かれないのは、自分が救われない側だからである。もう一人の自分を犠牲にして自分が救われることが壮大に描かれても、それを観ている三十郎氏は自分が前者だとしか思えない。仮にこの世界観を認めるとしても、どこの誰かも知らん“もう一人の自分”のために犬死してなるものか。後者に感情移入して素敵だと思える人は幸せである。ジョゼフには救いが待っていたが、どちらかを選べるのならオーギュストの人生を選ぶに決まっている。

他の二作品以上に色が強調されている。「赤」という色が目に付きやすいということもあるが、服や壁紙、ポスター、信号、ベッド、首輪、ボーリングと至るところに「赤」がある。三十郎氏が赤色に持つイメージは「情熱」と「危険」なのだが、本作ではあまりにも様々な場面に登場するためなのか、赤色から特定の印象を受けることはなかった。「博愛」が世界のあらゆる場所に存在しているからなのか。それとも人間の中に流れる血の色は、常に人と一緒にいるからなのか。「赤」からもう一つ連想される桃色描写については、残念ながら本作も極めて控えめだった(寝取られの瞬間よりもバレエ教室で息を荒くするヴァランティーヌの方がグッと来た)。

三部作に共通して登場する空きビンのリサイクルボックス。博愛をテーマとする本作で、ヴァランティーヌが遂に老人を手助けする。これは非常に分かりやすい描き方だと思うが、そこから逆算して『青』と『白』の描写をどう考えるべきなのだろう。「青:自由」は気付かず、「白:平等」は気付いて無視。他者との没交渉は、夫と娘を亡くして“一人”になった時のジュリーの「自由」を象徴しているのか。見るだけで何もしないのは、苦境にある自分と同じく他者も苦しむ下に揃えた「平等」なのか。

ヴァランティーヌがランウェイで躓くシーンがある。これはその後に待ち受ける彼女の人生の“ちょっとした躓き”をダイレクトに隠喩したのだろうが、プロのモデルであっても転びそうになっている姿が意外にもよく見られる。ハイヒールで優雅に歩くのは想像以上に難易度が高いらしい。

ジョゼフが振る舞う梨のブランデーはどんな味なのだろう。三十郎氏もカルヴァドスは好んで飲むのだが、梨は未体験である。気になる。

トリコロール/赤の愛(字幕版)

トリコロール/赤の愛(字幕版)

  • 発売日: 2013/12/21
  • メディア: Prime Video