オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ハーフネルソン』

Half Nelson, 106min

監督:ライアン・フレック 出演:ライアン・ゴズリング、シャーリーカ・エップス

★★★

概要

ヤク中の歴史教師と教え子の女子生徒の話。

短評

ライアン・ゴズリングの虚ろで寂しげな表情が印象的な一作。教師が生徒を導くタイプの型にはまった物語ではなく、両者の関係が弁証法的発展を遂げる物語である。地味で静かな話を淡々と描いているのだが、主人公が授業で教える内容が物語とリンクしており、じわじわと主題が滲み出して見えてくるような気がした。

あらすじ

歴史教師のダン(ライアン・ゴズリング)は、それなりに生徒からの信頼を集めていたが、薬物中毒から抜け出せずにいた。ある日、彼が学校のトイレで一服キメていると、彼の教え子であるドレイ(シャーリーカ・エップス)に見つかってしまう。しかし、ドレイもまた問題を抱えており、二人の間に奇妙な絆が芽生えていく。

感想

ダンが授業で教えている弁証法のおさらいである(上司からは「そんなものより公民権を教えろ」と注文される)。ダン曰く、「歴史とは時代的な変化の学習」である。変化とは、①相反する二つの力が対立し、②転換点を迎え、③(を教える前にダンは学校を去ってしまうが、三十郎氏の理解が正しければ)止揚アウフヘーベン)が起こる。いわゆるヘーゲル的な歴史観である。

恐らくはダンとドレイの関係を、この弁証法に当てはめることができる。二人の関係を「対立」の一言で表現するのは難しいが、少なくとも「教師と生徒は相反するもの」と授業中に言及されている。転換点は、ドレイがダンにドラッグを売った瞬間だろう。「売ってくれ」と頷くダンの全てを諦めたような表情は、この男が薬物から更生するのは不可能であり、ドレイもまた犯罪と無関係に生きることはできないことを意味しているのかと思った。しかし、ここで両者が袂を分かつことはなく、少女の行動により次のステップへと進むことが示唆される。対立からの離反ではなく統合である。つまり止揚である。そして、微かな希望と共に終劇となる。「本当に大丈夫なのかな?」と不安になる危うさは残るが、不思議と爽やかな余韻が残った。

ハイライトはダンがフランク(アンソニー・マッキー。ドレイの収監中の兄の友人で薬の売人)に直談判に行くシーン。ダンは「ドレイに近付くな」と──彼女を犯罪の世界に踏み入れさせるなと忠告する。一見勇気を出してもっともなことを言っているようだが、その後フランクから薬を買うダンが言うのは「どの口で……」であり、彼がフランクのようにドレイを経済的苦境から救えるわけでもない。相反する要素の対立から世界に変化が起こるのと同様に、一人ひとりの人間の中にも矛盾した要素があることが象徴されていたと思う。本人もこの矛盾を理解しているが故のもどかしさがある。

ダンは「生徒のおかげでまともでいられる」と度々口にしている。そもそもが自堕落なヤク中であり、かつての教え子の父に声を掛けられても覚えていなかったりして、とても“まとも”とは言いづらい状態なのだが、少なくとも目の前の生徒のことは大切に思っているように見えた。すごくギリギリの淵を彷徨っているようだった。

本作には二人の「ネルソン」が登場するので(刑務所の暴動鎮圧で死傷者を出したネルソン・ロックフェラーと教室にポスターが掲示されているネルソン・マンデラ)、「どちらのネルソンの意味でハーフなのだろう?」と疑問に思っていたら、相手の片腕を羽交い締めにするプロレス技を意味するらしい。

ハーフネルソン(字幕版)

ハーフネルソン(字幕版)

  • 発売日: 2017/06/24
  • メディア: Prime Video