オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『みじかくも美しく燃え』

Elvira Madigan, 86min

監督:ボー・ヴィーデルベリ 出演:ピア・デゲルマルク、トミー・ベルグレン

★★★

概要

不倫カップルが逃亡生活の末に心中する話。

短評

1889年にスウェーデンで起きた事件の映画化。日本にも『曽根崎心中』があるが、心中という素材は、時代と場所を問わず、男女二人の閉じられた世界の究極形として人気を集めているらしい。三十郎氏はそんな熱烈な恋に身を焦がしたこともなければ憧れてもいないが、とにかくヒロインと映像が美しく、これならば「この時間が永遠に続けばよいのに」と願うのも無理はないと思った。しかし、永遠に続くものなどなく、その瞬間を閉じ込めておくための選択肢が一つしか残されていないのが、悲しくも美しいのであった。

あらすじ

伯爵の爵位を持つシクステン・スパーレ中尉とサーカスの綱渡り師エルヴィラ・マディガン(ピア・デゲルマルク)。二人はそれぞれ軍(と妻子)とサーカスから脱走し、森の中で二人だけの時間を満喫していた。語らい、じゃれ合い、交わり、愛し合う二人は幸せだったが、その生活がいつまでも続くはずはなく……。

感想

逃亡不倫カップルが直面する問題と言えば、“お金”と相場が決まっている。スパーレ中尉は爵位持ちの貴族であっても、手持ちの金が尽きれば新たに稼ぐ術がない。おまけに彼は逃亡兵である。見つかれば投獄である。エルヴィラも稼ごうと持ち物を売ったり(彼女がパリで描いてもらった「TL」のロゴ入りの絵は、トゥールーズロートレックという有名な画家のものなのだとか)、踊り子として働いたりするが(中尉が他の男にエルヴィラの膝を見られて嫉妬する)、これも上手くいかない。彼らは最初が幸福の絶頂であり、後は落ちていくばかりなのであった。序盤のピクニック中にワインボトルが倒れて明るい音楽が唐突に止まる瞬間があるが、幸福一辺倒なのはそこまでなのである。

困窮が極まってくると、二人は野生のキノコを、ベリーを、草を直食いするようになる。なんとも野性的で逞しい。エルヴィラの如き美女が未開人の如く振る舞う姿には一種のフェティシズムを感じないでもなかったが、これは二人が愛し合う生活として美しくない。幸せでもない。幸せに生きられないのなら「覚悟を決めるしかない」となる。この結末は悲惨に思えるが、二人の幸福を壊さない形がこれしかなく、幸せなままに逝けたのであればハッピー・エンドという気がしなくもない。エルヴィラの綱渡り師という設定は、二人の危うさを象徴しているかのようだった。

草むらでグルグルと回転しながらじゃれ合う二人。『SW EP2 クローンの攻撃』のアナキンとパドメを思い出した。彼らもまたその瞬間が最も幸福であり、その先は悲劇的結末へと向かっていく。本作へのオマージュだったりするのだろうか。アナキンたちの方は「何を呑気にイチャついてるんだ」と少々滑稽に感じるベタなロマンス描写だったが(ヘイデン・クリステンセンの演技のまずさもある)、本作は淡い光に包まれた映像が大変に幻想的だった。

スパーレ中尉の友人がエルヴィラに彼を諦めさせようとする言葉が印象的である。「彼が君のために捨てた人のことを考えないのか」「君は幸せかもしれないが幸せでない三人(=妻子)を知っている」。この強烈な言葉投げかけられても、エルヴィラ的には「そんなこと知らん」である。スパーレ中尉もさして妻子を気に掛ける様子はない。不倫がテーマだとそこで葛藤が生まれたり、後ろめたさが燃え上がらせたりすることが多いものの、本作にはそういうことがなく、逆に徹底的に閉じられた二人の世界を強調する役割を果たしていた。

ヨーロッパ映画にしては交合シーンが生ぬるいのが残念だったが、生々しさが加わるとおとぎ話的な幻想性が失われてしまうのか。

みじかくも美しく燃え (字幕版)

みじかくも美しく燃え (字幕版)

  • メディア: Prime Video