オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『イロイロ ぬくもりの記憶』

爸妈不在家(Ilo Ilo), 99min

監督:アンソニー・チェン 出演:アンジェリ・バヤニ、コー・ジャールー

★★★★

概要

シンガポールの家庭がフィリピン人メイドを雇う話。

短評

監督の少年時代が基となったシンガポール映画。その思い出は、淡く、切なく、そして厳しかった。裕福なイメージの強いシンガポールの中華系住民も全てがそうというわけではなく、家庭・社会・経済の様々な事情が一つの家族を通じて伝わるように切り取られていた。「爸妈」が「両親」という意味のようなので、原題は「両親のいない家」か。邦題「イロイロ」と英題「Ilo Ilo」は、フィリピンの地名のようである。

あらすじ

90年代後半のシンガポール。共働きで多忙な両親に構ってもらえないためなのか、一人息子のジャールーはわがままに育ち、学校で問題を起こしてばかりいた。仕事中に学校から呼び出された母が「これは手に負えない」ということで、フィリピン人メイドのテレサを雇うことにする。はじめは強く反発するジャールーだったが、次第にテレサに懐くようになる。

感想

本作は、少年とメイドが対立しながらも次第に打ち解けて(最初はクソガキ過ぎて車に轢かれたシーンで「ざまあみろ」喜んだが、陰茎を見られるのを恥ずかしがる辺りから可愛げのある少年に思えてきた)、心温まるというだけの話ではない。ジャールーとテレサの関係だけにフォ―カスすれば「切なくも心温まる話」なのだが、「切ない」を生み出す社会情勢や、決して「心温まる」で済ますことのできないジャールー以外との関係もしっかりと描かれている。この種の映画にありがちな“美化された過去”となっていない点が強く刺さった。

舞台となるのはアジア通貨危機に見舞われた時代であり、シンガポールも不況下にある。父は(簡単に割れる強化ガラスを売る)仕事を解雇され、日本でも話題になったリストラ・サラリーマンのように毎朝出勤する振りをしている。一方の母はクビにはならないものの、毎日解雇通知書をタイプする仕事をしており、景気の悪さや先行きの不透明さが窺える(一家の住むマンションで飛び降り自殺者も)。おまけにお腹の中に二人目の赤ん坊が。(父の株での失敗と母の自己啓発セミナー詐欺もあり)こうして経済状況が悪くなると、真っ先にシワ寄せが行くのはテレサである。両親不在の家庭で“母の温もり”を感じるようになっていたジャールーにとっては非常に辛い別れとなる。彼が「臭い」とバカにしていたテレサの髪の毛を切り取って、その思い出を大切に噛み締める姿が印象的だった。

テレサがジャールーの“母”となると、実母レンはこれが面白くない。「私が本物なのに」と嫉妬心を見せる。自分が雇って狙い通りにジャールーが落ち着いてくれたのに、随分と自分勝手な話である。もっともこの嫉妬心自体は理解可能なのだが(「テレサの料理の方が美味い」はカチンと来るだろう)、レンの場合にはフィリピン人に対する差別感情も含まれている。ジャールーの祖母の誕生日パーティーテレサも同席するも席が足りず、席を詰めるのではなく、テレサを部屋の外で食事させている。彼女に「すまない」と謝る夫に対し、「家族じゃないし別にいいでしょ」と一切気後れするところを見せない(他の親族もレンと同様で、テレサを信頼するようになった父とジャールー以外の中華系の差別意識が垣間見える)。テレサの勤務初日には「逃げられたら困る」とパスポートを没収していたり(逃げたくならない待遇にするという選択肢が存在する時点で言い訳にならない。他にはテレサが来る前に貴重品を鍵付きの棚に隠していたが、本人はテレサの所持品を無断で覗いている)、二人の女たちの関係は、実利的には共有されていながら、人間的・人種的には対立しており、極めて複雑だった。

たまごっちやソニーウォークマン(カセット)、ブラウン管のテレビといった懐かしいアイテムが登場する。父が車から「うるせえ!」と投げ捨てたたまごっちが、誕生日プレゼントのヒヨコに化け(食卓にはフライド・チキン)、成長した鶏が祖父の墓前の供え物になったり食卓に登っていた。三十郎氏には「飼っていた鶏を〆て食べる」という経験はないものの、凡そ同時代に少年時代を送っており、遠い国の遠い過去の物語とはならない近接性があった。日本でも女性の社会進出が叫ばれて久しいが、それが“達成されている”とされる国でも、家事のアウトソーシングを巡って新たな歪みや問題が発生しているのであり、移民が万能の解決策でないことは理解しておかねばならない。近年声高に叫ばれる生産性についても、それが低い仕事を移民に押し付けて達成しているのが先進国の実情である。

全校集会での“お尻ペンペン”が許容されているのは、「明るい北朝鮮」と称される国の恐怖の規律が垣間見えた。

イロイロ ぬくもりの記憶(字幕版)

イロイロ ぬくもりの記憶(字幕版)

  • 発売日: 2015/06/05
  • メディア: Prime Video